雪の日 2

12月 30th, 2009 § 雪の日 2 はコメントを受け付けていません § permalink

 小さな岬の先端まで続く路の突き当たりにレストランがあったが、閉められて窓には簀 の子のような板が覆われ、手前に広がる駐車場には薄く雪が積もって足跡も無かった。脇 から岬の下の波打ち際まで岩を削ってつくった細い道を降りると海水で激しく腐食した手 すりのある壊れたコンクリートの階段があり、その下には近場で漁を営む程度の小さな船 がシートに覆われ縛り付け引き上げられてあった。
 真上から真っ直ぐに日射しを落とす季 節には大勢が訪れてこの磯で楽しく戯れるに違いない。海面と同じ高さの足場が離れて海 上に突き出た岩まで続き、季節の厳しい乱暴な波が時々覆い被るように白く砕けた。  
 遠くに穏やかに広がる浜が見え、海水浴場だろうか、人も船なども見あたらなかった。 岬の真下の岩を選ぶようにして歩み、磯を覗き込めるコンクリートに立って振り向くと、 村沢が錆びた手すりを掴んで立ち止まっている。     » Read the rest of this entry «

肉まんギター

12月 16th, 2009 § 肉まんギター はコメントを受け付けていません § permalink

 お母さん肉まん食べる?
 キッチンに走り込んできた裕子は、まだ冷たい吐息を丸く口元に残して、母親に袋を差し出した。
 あなた、こんなのコンビニで独りで買ったりして、恥ずかしくないの?あたしが学生の頃は、そんなことできなかったわ。でも、美味しそうね。
 親子で肩をすぼめ密やかに笑ってから、裕子は椅子にコートをかけて、ほらと声に出し、布のケースを開いて汚れたギターを取り出した。 » Read the rest of this entry «

雪の日 1

12月 15th, 2009 § 雪の日 1 はコメントを受け付けていません § permalink

 結露の凍った窓からは街が消えたようにみえた。
一切が白く変わっていた。初雪にして は多いと雪掻きをする安藤工務店の若い男に、足元を注意されて歩きはじめた。突然の変化に街全体が慌てて、小刻みに震える様子を想像したが、この街の通勤通学の人間の歩みは落ち着いて、乱れることなくむしろ楽しむように踵を滑らせたりしている。だから尚更、 表面を薄く隠されて静まり返った朝の街は、本来の姿を顕わしたような錯覚を生んだ。
 走る車もスピードを抑制し、穏やかにゆっくり走る。規制され、音もなく走る車のスタット レスは、粉塵は生まないが、路を圧縮して氷のように固める。それを溶かす為の薬品で車 が随分傷むのだと、郷里が東北の同僚に北の街の生活を聞いことがある。スパイクをはじ めて履いた時は、鬼に金棒と思っていたとしたら、製品開発も拙いものだなと笑うと、同僚は、否、柔らかいタイヤを基準に考えたアスファルトってヤツが問題だよ。自明なもの となってるのがおかしい。逆様を繰り返した酒の席だった。現在に変わる素材を考えたら 大金持ちだとくだらない会話の中に新しく認識が翻ることが何度もあって、彼と呑む酒は 旨かった。 » Read the rest of this entry «

12月 13th, 2009 § 鉄 はコメントを受け付けていません § permalink

 北上する河川に西から注ぎ込む水量の豊かな渓流添いを車で一時間ほど辿り、鬼女の伝 えが残る村の管理する有料の路を源流へと更に進んだ。鎌倉の頃から男たちが修験の場に 選び、おそらくそれ以前にあった山岳信仰と渾然となって、脱サラしたような山伏たちが 霊験を求め、女人禁制を布いて時には荒々しい男色に染まった憶測を容易に抱かせる、特 異な形態に隆起変成した連山の裏側の深い渓谷で、複雑に織り込まれた地形に阻まれ、人 間の居住には厳しく、北の尚深い山谷が、それ以上の移動を許さなかったのだろう行き止 まりに、この国では数少ないブナの原生林が残された。そこ迄の路は途中のダム建設の為 に開発された筈のもので、ダム開発に伴った緩和策だろうかわからないが、それでも上流 の保護された公園まで舗装が延長され、人気のある名所として管理する村では、その収入 に大いに頼っているという。 » Read the rest of this entry «

12月 13th, 2009 § 指 はコメントを受け付けていません § permalink

 列車からプラットホームに降り立ち、この街を囲む山並みから吹き下ろされる風という より大気の移動に身体を包まれると、全身の毛穴が広がって、豊かで力強い樹木の存在を感じた。 季節はずれの炬燵の中で瓶にひとつ仕舞っておいたものに鼻を突っ込み細くはなったが 思考を切断するような臭みの消え失せるまで嗅いだのはいつだったか。これは糞だと吐き捨てる倒錯を香りに加え、夢中になって拾い集め指先に染み込んだ銀杏の匂いが、どこか 近くで立ち上った焚火の香ばしさと交ざって運ばれ、数年はこの臭みを身から失っていた ことに気づいた。朽ちていく季節の欠片を萎えた肺がゆっくり膨らんで、細かな細胞の記 憶を刺激し、濃密な酸素が全身を巡る。 » Read the rest of this entry «