1988年の真冬に歩き回ったベルリンの道端の露天で、マフラーやスカーフを針で止めるピンの先に小さな人型が取り付けられているアクセサリーが売られていて、思わず幾つか買い求めていた。よく憶えていないが15マルク程度だった筈だ。大量生産の輪郭が朧になったものではなく、丁寧に木片を削り出し彩色を施したものだった。売っていた人間がつくったのだろう。過去の一瞬の出会いは記憶に一旦整頓されたけれども、数十年を経て幾度かくっきり浮かびあがることがある。
 三年前に缶バッジを拵えることを思いついたのも、この記憶からであり、考えれば他の雑貨フォーマットでもよかったが、手作りのアプローチを忍ばせるには最適だった。廉価なフォーマットであり、駄菓子屋に飾られている風情もあり、大掛かりなイベントでは無料で配布されるポケットティシュと同等の、ポイと捨てることも簡単であるからと、巷での扱いを真似ることもできる。お手伝いをさせていただいているアートコンペで、賛同寄付を募る受賞作品を引用したカンバッジの販売をはじめている。
 こちらには直径が50mmと75mmのフォーマットがあり、都度百個単位で基底素材を別途用意し表示させる内容を制作するという塩梅だが、個人的に異なった種類の表示素材を試している。挟み込むものが厚すぎると圧着できない。適度な厚みの紙に直接ドローイングしたり印刷したものや薄生地を切り抜いて使用すれば問題は起こらない。但し制作労力を回収できる見込みのないシステムでは量産は無理なので、限定的な制作がよろしいと考える。先日のNIPAF2020ではエマージェンシーブランケットを使用した。

 平面や立体の視覚藝術作品を制作し、さて販売する時の価格を作品に与える時、それは往々にしてオリジナルの一点モノであるので、キャリアや仲介者などの様々な作品を取り巻くスタンスにおいては、制作者が作品販売を生業とすると、廉価な設定はむつかしい。作家は時に、絵はがきや装丁へ、彼らの固有イメージを移譲させることもあるが、オリジナルは別途保守される。最近になって、プロ(職業的)的な立場というものは、土台どっちを向いても隷属的(ポピュラリティ)であると弁える認識があり、独立独歩の固有を示す場合は、それなりに利己的な決定として作品が成立すべきだと思い至り、同時に、都度目の前へ実直な行為としての制作を行うべきと知り、これはつまり先の見えない状態で足掻くしかないという現代的なサヴァイバルと重なる。

 五日後に立体的な空間を夢想するドローイングを主体とした個展を開催する時に、私の逆説的なコンテクストの揺れ戻しを含んだ「立体から抽出した意識」の、廉価な提供ができればと試みる。

「森のヴィトゲンシュタインのペントミノ 2020」 / 12種2タイプ ¥1000-
Wittgenstein’s Pentomino in forest 12 type limited pieces 2020 / image print Button Badges by original iron solid. 50mm diameter. ¥1000- each