お母さん肉まん食べる?
キッチンに走り込んできた裕子は、まだ冷たい吐息を丸く口元に残して、母親に袋を差し出した。
あなた、こんなのコンビニで独りで買ったりして、恥ずかしくないの?あたしが学生の頃は、そんなことできなかったわ。でも、美味しそうね。
親子で肩をすぼめ密やかに笑ってから、裕子は椅子にコートをかけて、ほらと声に出し、布のケースを開いて汚れたギターを取り出した。
汚いわね。テーブルの上には置かないで。眉を寄せた母親は、どこか嬉しそうな娘を眺めてから、とにかく食べましょう。それは横に置いておきなさい。と、湯気の出る袋を開いた。
肉まんの残りを口にくわえながら、ギターを抱えて、辿々しく弦を弾きはじめた裕子に、母親は、行儀が悪いと、指先で裕子の口元の肉まんを押し込んだ。
高校では部活など一切関わらず、ひたすら勉強の虫だったが、大学に入ったらサークル活動がしたい。でも、もともと人見知りをするし、グループで和気藹々と活発なコミュニケーションをする性格ではない自覚があった裕子は、新学期のサークル勧誘の伸ばされた先輩たちの手を避けて、講義の無い時間、構内を歩きながらひっそりとした自分に合ったサークルはないか探していた。最初の年は、とにかく単位をできるだけとってしまおうと、遅刻や欠席をしなかったこともあり、夏には運転免許を合宿で取得したこともあり、大学の専門科目自体が面白く熱中する時間を過ごしたせいでもあるが、秋から冬へ季節が変わる頃まで、高校の頃と変わらない生活をしていた。
部室の並ぶ構内では一番古い建物には、なんだか不潔な感じがして入ったことがなかったが、自身の生活を変えなくちゃと、足を踏み入れた途端、小さなギターの音が聴こえた。音楽は好きだが、楽器演奏など中学の頃からしたことがない。でも、この時のこの小さな響きが、裕子にとうとう薄汚れたギター部のガラス戸をガラガラと開ける勇気を与えた。
この季節の放課後はすでに斜陽となって、灯りもつけられていない殺風景な部室の窓際で、切り絵のようなシルエットでギターを抱えた女性が、懐かしいような曲を弾いている。引き戸の音が五月蝿かったわと、黙って頭を下げた。
「おかしいねえ。ここに入ってくるのは大抵この季節なのよ」
曲を弾きながら、シルエットは動かずに声が唄のように乗った。
肉まんギター
12月 16th, 2009 肉まんギター はコメントを受け付けていません