12月 16th, 2008 § 砂 はコメントを受け付けていません。 § permalink

「毎朝定刻に間に合うように通勤電車に揺られて遅刻は数える程だった。諭されても怒鳴られることはあまりなかったように記憶している。しなければいけないことが絶えず山積していて、愚鈍にひとつづつ片付けるしかなかった。そんなことからようやく開放された筈だったが、抑圧がなくなるとどうしようもできない」

片岡は、机に肘をつけてコップに残った珈琲を、喉を動かしてゆっくり飲み込んだ。まだ陽射しが残る時間から会う事等これまであったかと、山本は片岡の呟きに答えるように小さく返して、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。洲本は片岡の台詞等知らない素振りで、
「オレ達は、互いに話すことなんかなくなっているわけだ。家族で何を話す。返す事はあっても、放る事ができない。それより、どうなの儲かってるの?」

山本と片岡は顔を見合わせて、顔を崩し、
「儲けって、お前まだそんなに強欲なのか」
山本の失笑気味の返答を洲本は真面目な顔で受け止めて、
「そりゃそうでしょうよ。まだまだ生きなきゃいけないし、生かさないといけない連中もいる」

学生の頃から童顔で、中年も暮れかけ頭も薄くなってもどこかエネルギッシュに見える洲本の尖らせた唇をみて、山本は、学生の頃を朧に浮かべようとしたが、どこか白い霧に隠されて、あの頃一体何をしていたのかわからなくなり、しばし途方に暮れた。
大きな柱時計は前世紀初頭のものだと、マスターから聞いたのは、学生のときだったなと、片岡は洲本の肩越しを見やって、まだ5時前だと呟いた。マスターが亡くなった時、彼等は葬式には行かなかったが日を変えて線香をあげていた。

確か次男が父親の跡継ぎとなって、リフォームをした際に、常連客から多くのクレームがあり、一度は取り外して売り払う予定だった柱時計を、次男は不満げに再び店に飾ったのは、次男の嫁の強い意見だったらしい。洲本は片岡の視線を辿り振り返って答えた。どうしてそんなこと知っている。と山本は洲本に尋ねたると、片岡は、
「ほら、こいつ、丁度そのころ外に女ができて、ここが密会の場所だったわけだ。そうだよな洲本」
と、やや茶化して説明すると、
「丁度厄年だったなあ」と誰か他の人間のことのように恍けた。自分の棄てたような言葉に慌てて、洲本は、否、嫁さんの意見というより、よりアンティークな店へ特化しようということになったようだよ。と答えた。

自営の下請け業務に精を出し、父親の狭い店を拡張して雇う人間を増やし、厄年を超えてから、ようやく時間ができたという洲本が、片岡と山本の、業務に対する愚痴主体の酒の席に顔を出した時から、年に数回、誰からとも無く誘い合って、場末の酒場であったり、時には伊豆の温泉宿で一泊して、とりとめもなく会話を交わすことが、この三人にとっては、学生の頃の再現となり、頻繁ではなかったが、忘れることなく呼ばれればそれぞれ都合をつけた。

「こういう古いホテルは身に堪えるようになった」
身支度を部屋着に替えロビーの脇にあるバーの深いソファーに沈み込んだ身体を持て余すように片岡は呟いた。
「新築のオープンしたばかりのモノは、またこれで建設前の切り崩した、なにか良くないものを零したような色の地面が浮かんで落ち着かない。まあ、縁の無い寝床というのは皆おなじかもしれない」
三人のうちで住処を変えた事の無い洲本が、手を尽くして探した老舗の安くはない評判の宿であったが、大きな湯槽で並んだときも皆無口で、飯もあまり口にせずに、酒ばかりを静まり返って呑んでいた。
「寝床で憶いだしたが、いつ頃か、眠っている。休んでいる。仮にこのまま目を覚まさなくても構わない。月並みな云い口だが、ぐっすり眠ることができなくなったもうできないと、ふいに気づいたことがあった。自分の眠る場所は十代の受験勉強と女への妄想を交互に転がした狭い部屋しか思い当たらない。以降所帯を持っても、脇に妻が眠っていても、まだ幼かった子供の寝顔を眺めても、その目つきには健やかなあの部屋には戻れないという恐れすらあったかもしれない」
山本の、目を細めグラスの氷を指でつついて鳴らしながらの、洲本に返すつもりもないような口ぶりには、臆面の無さを曝け出す響きが小さく籠った。
「女房は、俺の鼾に惚れたといっていた。嫁の実家でもところ構わず突っ伏してよく眠る。ぐーたらな肢体と鼾がどうしようもない動物そのものだったわと、子供が家を出る頃になった食卓でふいに言うのだ。そんなに俺の鼾は五月蝿いかと尋ねると、否、深夜ほんの数分ぐーすか漏らすだけらしいが、妻はその度にくっきり目が覚めるのよと、知らぬ女の表情で、知らぬ女の声を囁いた」
片岡は、ここではじめて二人の顔をそれぞれ見つめて、何かを促すような表情をした。

昼間は古都を散策しようと男が三人で連れ立って歩くと、流石にそれぞれが途方に暮れた。三様の生き方をしてきた男達が連れ立って歩く意味が、歩くごとに失せていく感覚があり、それは例えば歩みの速度であったり、自分でない男の視線の先が見えないことの苛立でもあり、同じ寺を経巡っても、結局誰かが誰かを出口で随分待つ羽目に何度も陥り、俺たちには本当に重なることがなくなってしまったなあと笑うしかなかった。平等というのは無関係ということだなと洲本が笑った言葉に、山本も片岡も笑って返す事ができなかった。組織に従属していれば、こうしたことはない。従うか引き連れれば良かった。

「龍安寺から仁和寺まで歩いた路傍で女がしゃがんでいたろう。片岡が車を呼びましょうかと声をかけた。俺と洲本は離れていたから聞こえなかったが、女が頭を下げる前に、お前の顔をみつめて何か言った。あれはなんだった」
山本は、片岡の顔を見ずに、火のついた煙草を灰皿に潰しながら尋ねると、
「カワカミサクタロウさんですかと呟いた。気が振れているなと一度は思ったが、首を振ると女の瞼が閉じて俯きすみませんと謝った。駆け寄った時は身なりから五十代かと思ったが、近寄るとまだ三十代の娘の面影があった。肌が白くてな。髪から線香の香りがした」
「片倉は昔から、身を投げ出すような優しさがあって、回りが大いに誤解した。その気になった女も知っている。歳をとっても変わらないな」
洲本が背もたれに身体を預けてグラスの中身を飲み干すと、
「俺は、そういう片倉をずっと妬ましく思っていたよ」と山本が小さく笑った。
「お前が腰を落として崩れた女に声をかける姿は、ようやく様になってきたというわけだ」

古都を歩こうと秋の手前に洲本に誘われ、どうやら洲本の別れ話が一段落し、顛末全てを一切合切話してしまいたいという気持が、その誘いのメールには漂っており、山本が丁度神無月中旬に、京都での会議の仕事があり、申し出された日程を洲本に修正させて、片岡も合流することになった。合流先のホテルで考えてみると、我々は修学旅行で一緒に来ているわけでもないし、学生の頃連れ立って来たわけでもない。この街は、互いの接点がないと確認していたが、洲本が、否、あの女はたしか京都出身だったと、ひとりの女学生だった女性の名前を挙げると、山本と片岡は、同じような音量で「ああ」「いたな」と答えていた。各々の生の文脈の中で、街が暫し発酵した。

「あの頃は、会えば女の話ばかりしていたし、事実、欲望に縛られていたな。最近は、歳のせいだろうけれども、妙な縛りに苦しめられる。喧嘩をしてる男が二人いる。俺はそれを眺める立場で、痛くも痒くもないのだが、なぜか決着をつけさせる為に、懐にあるナイフを殴り合っている二人の間に投げ込みたくなる」
鱧を喰わせる店で、山本は、ふたりを眺めつつ話し始めた。
「で、どうする」
片岡が促した。酒も入り始めていた。
「男たちは、足下に転がったナイフを見て、争いを馬鹿馬鹿しいと悟って互いに喧嘩を放棄するか、あるいは、どちらかがナイフを先に手にして、相手に斬りつけるか。あるいはと、考え始めた。妄想が果てしない選択肢を運んでくる。俺が選んだのは、相手を斬りつけた男が、倒れた男を見て、自分の腹にナイフを突き立てるというものだった。だが、その選択の理由がわからない。根拠がないのだが、俺には彼らの行方のリアリティーがそれしかないように思えてくる。幾度もなぜだと考える」
「この国の人間が喜びそうな選択だよ」
洲本は、自分だけウヰスキーにすると、ロックに新しく注ぎ入れながら、そんな簡単なと眉毛をあげた。
「喧嘩の質にもよるよな」
手酌の銚子を山本の手元に持ってきて、片岡は続けた。
「どうしようもない喧嘩というのがある。鬱積がたまり、爆発した奴さ。でも、喧嘩はどちらかというと、片方のテンションで行われるな。二人が同じ怒りに包まれているというのは、あまりないのではないか」
「喧嘩に慣れていないよな。この国は」
「洲本、そういうことではないだろう。俺がお前に、佐知子を返せと凄んで、胸ぐらを掴んで殴ったらどうする」
「俺がナイフを投げ入れようか」
「俺が拾って、どこかへ放り投げるさ」
洲本は、妻の名前を呼び捨てにされたことに腹立てるような性急さで、答えたが、
「否、お前はきっと俺を刺すよ」
片岡は、考え込むように小さく囁いてから、
「ナイフを放り投げた奴というのも、縛りを与える行方がありそうだな」
と、山本を睨んだ。

光太郎

12月 10th, 2008 § 光太郎 はコメントを受け付けていません。 § permalink

「ランドセルではなく赤い革の手提げで通学するのは、前の学校がそうだったし、卒業迄一年しかないので、今更ランドセルを新調するなんておかしいでしょう? 皆さんとは違いますが、仲良く一緒に勉強しましょう」
春の新学期に合わせて転校した紹介の時に、自分の持つ赤い鞄を指差して手に口をあてクスクス笑う同じ歳の子供たちが、光太郎にはひどく幼くみえた。
一ヶ月ほどで学級に馴染んだものの、もともと大人しい性格もあったが、自ら目立たぬように振る舞うようにしていた。というのも、担任のジャージ姿の浅田直子という若い女性教諭が紹介時に余計な説明を加えたためだった。光太郎の父親の仕事の影響を受けている家族がクラスに何人かおり、隣の席の片岡幸子は、消しゴムを拾ってくれた時もそっと机の隅に置きさっと身を引いて、露骨に避ける素振りを隠さなかった。片岡の母親は反対運動の先頭に立っていた。勿論光太郎の父親が責任のある立場にはいないことは明らかだったが、いわば濡れ衣を背負うような視線を最初からあびることになった。光太郎の父親は東京のゼネコンから引き抜かれた地方のデベロッパーで、買収を終えた土地開発を始めていた。景観条例に組みした案件には法的な問題はなかったが、近隣からは説明が足りない、配慮が足りないと、計画の立ちあがる時から詰め寄られており、片方でこの地方では巨大プロジェクトであり多大な経済効果が期待されると報道され、数年がかりのゴリ押しで建設迄こぎつけ、プロジェクトの実質的な稼働指示を任された父親の西川は、そういった配慮のひとつとして家族の現地移住を決めたのだった。

梶田祥一が初日の放課後、父さんに言われたとことわってから、光太郎を音楽室や講堂、校庭へ連れ出して、「ここは校庭」「ここは音楽室」と、言うまでもない説明をしてくれたので、自宅迄一緒の方角だからと歩き出す時に笑い出してしまった。祥一は光太郎の父親の元で働いているので、光太郎に対しても自分が下であるように上目遣いな言葉使いをするので、「あのね、父さんたちとボクらは違うから」と諭したが、祥一のオカシな言葉遣いは夏前まで続いた。

「お前気にいらないんだよ」と、一学期の終業式の後、転校の初日に一番後ろの席から睨みつけるような顔をしていた山川裕太が、ちょっと来いと腕を取って校門を出た脇にある神社の境内へ光太郎を連れ出した。
私立のカリキュラムをこなし塾にも通っていた光太郎にとって、この転校先の学習内容はすべて終えてしまっており、繰り返された小テストの結果が、クラスの中でも絶えずトップであったので、当初忌み嫌われていたようなムードは三ヶ月で雲散霧消し、片岡幸子もここ教えてとノートを差し出し身体を近寄せるようになっていた。祥一も、日ごと評価のあがる自称第一の友だちが、誇らしげであることを隠さなかった。

一樹と修

12月 8th, 2008 § 一樹と修 はコメントを受け付けていません。 § permalink

一樹はもともと湖畔で生まれ育ったわけではなかった。父親に舞い込んだ運命で家族は唐突に土地を譲り受けることになり、先行きも考えず安普請ペンションを建てて移り住むと決めた時、転校の挨拶で涙が出るような年頃になっていた。
修の話に興味を持った時のことを一樹は今でもよく憶えている。高校の頃、一緒に過ごした夏の合宿のキャンプファイヤーの夜だった。ふたりとも幼い頃から身に馴染んだ釣りの話の中、修が河釣りばかりであり、一樹は湖の釣りばかりと笑い合った後、修は、河は目の前を流れるばかりだから、自分の考えなんて奇麗に流されていって、それが気持ちいいと言うので、一樹は、自分は全く違う、目の前にどんどん考えが沈んでいく。多分底のほうにはこれまで蓄えたものが泥のように残っている。と答えてから、互いに顔を初めて見るような目つきで眺めてから、黙り込んだのだった。確かに、修は遠くを眺める目つきと考え方で周囲を煙に巻くような性格であり、一樹は指先に灯った炎を眺めるような内向で、会話が途切れがちだった。
同じ夏の数日後、ふたりで海釣り行きを決めて、山間の地から電車に揺られて防波堤に立ったのは、お互いのこれまでを知らぬうちに支え、良きにしろ悪しきにしろ、おそらく人間の形成の大きな要素のひとつとなっていた、河と湖ではない、別の何物かに対峙することで、ふたりの今後が些かでも変化すれば良いと、前日の夜は遅く迄、海釣りの仕掛けの準備をしながら、いつになく興奮していた。

目に見えて顕われる効果等なく、晩夏でもまだ遠く見えた浜辺に遊ぶ女性たちの声が風に流されて聴こえると、ふたりでそちらばかり気になった記憶がある。数十年を経て、一樹は修が現在どこで何をしているのかなど知らないが、モノを思わずに湖畔に立っている時に時折、あの時の修の、「流されていって、それが気持ちいい」という声が、鮮明に耳に蘇るのだった。
一樹は父親のペンションを継ぎ、ふたりの子供の父親となってから、この子供達がまるで湖の底から生まれてきたような感覚を拭い去ることができない。妻とは大学で知り合ったが、実家は北の農家であり、無頓着でおおらかなところが気にいった。同じ湖を日々みつめている女性と所帯を持つ等、一樹には考えられなかった。一度は別の土地での生活を考えたこともあったが、やはりこの湖に戻ってきてしまった。
湖畔の波打ち際で、下の4つになる正木が尻を濡らして両手で湖の水を掬い取り、手の器の中の水をみつめているのを眺めて、一樹は、お前もかと呟いていた。

Where am I?

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