11月 12th, 2007 § 離脱 はコメントを受け付けていません § permalink
口元に落ちた水滴をゆっくり舐めて目が覚め、まだ生きているのだと思った。懸命に仮設した雪の祠が溶け始めていた。顳顬から脳天にむかってズキズキと痛み、それが凍傷であるとわかるまで頭を何度も振っていた。ビニール袋を体に巻き付けシェラフに体を密封し、死ぬかもしれないのだからと、何度も南の島の女を浮かべて自慰にふけって意識を失ったのだと数時間前が浮かんだ。
手袋の中の指を動かし、内側に折れたままの足の指を、皮膚を擦りつつゆっくり外側へひとつづつ曲げると、肩口の黒い滲みと痛みが広がり、転落した時に貫いた穴の傷と、弱い記憶が巡った。
下半身は凍り付いたようであったが、ふくらはぎに貼付けた使い捨てカイロの御陰だろう、血は巡っている。
雪から這い出ると、目の前には真っ白な丘と快晴の蒼天が広がり、身体から垂直に蒸気が上昇した。
眼下に見える樹々のある所迄歩いて、焚き火をこしらえなければいけないと思った。
バックパックを背負うと、身体の数カ所に痛みが走った。腰迄埋まる雪上を歩くのに手間取りながら、痛みと共に新しく吹き出してくる傷口の血の香りに、生存への意欲が湧くのが不思議だった。
血とともに全身を流れ落ちる汗が、凍った身体を自力で暖めたが、この汗が急速に再び身体を冷やすことが怖かった。
枝に残った葉を毟って口に入れ、握った雪片と共に飲み下した。見上げると真上の太陽を鷹がピーと鳴いてあたりを切り裂くように、滑空していく。
この時、海辺迄歩いて、仕事を探そうと決めていた。
He awoke slowly licking the drop of water that had fallen into the mouth.
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11月 11th, 2006 § 朝 はコメントを受け付けていません § permalink
夜が明ける前に霧雨のようなものが一帯を走ったようだった。
瞼を開けぬまま指先や頬に触れる濡れた草々と、俯せの腹の下の体温で熱を帯びたような潰れた地の形を、暫く辿った。
走るほどではなかったが、駆け上がってきたのだと数時間前を憶い出そうとしたが、遠くで雉かなにかの叫びがくっきり聴こえたので、反射的に仰向けにカラダを転がすと、上のほうから風がひとつ全身を吹き撫でた。
再び仰向けになって手足を放り投げ、耳を澄ました。
何も思わずに時間を過ごすということは、できるものだなと妙なことに感心しながら、陽射しが膝あたりを暖めている感触に気づき、ジャケットのジッパーを下げると、胸元にLucky Guyと印刷されたTシャツから蒸気が揺らめいた。
この健やかさにはデジャブに似た記憶がある。年齢は十ほどだったか幼少の頃、故郷の家の近隣で日々遊ぶ中、年上に引き連れられて数人で家の傍を流れる河を上流へ辿りのぼり、年上が肩にかけて用意したロープなどを使って危険な岩や流れを渡り、とうとう簡単には登れない崖に行き当たったが、皆は勇んで靴を脱ぎポケットに突っ込んで、身軽に登るのだったが自分の番にきて、仕方なく壁に取りついたがあと少しのところでどうにも動けなくなった。リーダー格の年上が崖の上からこの時とばかりロープを放り下げ、それにしがみつけと言うのだが手が外せない。このままいつか落ちると意気地が萎えて鼻をすすりながら、下と上からの声に唆され覚悟を決めてロープに飛びついた途端、力強く崖の上迄引き上げられた。危なかったなあと笑われながら、落ちたらどうするつもりだったと無性に怒りが込み上げていた。然し、これが経験となって、更に危険な岩山を行く日々が加わった。必ず子どもにしては大きすぎる畏れが目の前に顕われたが、なんとか乗り切ると、同じような怒りとともに健やかな充足感が広がるのだった。