11月 11th, 2006 朝 はコメントを受け付けていません

夜が明ける前に霧雨のようなものが一帯を走ったようだった。
瞼を開けぬまま指先や頬に触れる濡れた草々と、俯せの腹の下の体温で熱を帯びたような潰れた地の形を、暫く辿った。
走るほどではなかったが、駆け上がってきたのだと数時間前を憶い出そうとしたが、遠くで雉かなにかの叫びがくっきり聴こえたので、反射的に仰向けにカラダを転がすと、上のほうから風がひとつ全身を吹き撫でた。
再び仰向けになって手足を放り投げ、耳を澄ました。
何も思わずに時間を過ごすということは、できるものだなと妙なことに感心しながら、陽射しが膝あたりを暖めている感触に気づき、ジャケットのジッパーを下げると、胸元にLucky Guyと印刷されたTシャツから蒸気が揺らめいた。
この健やかさにはデジャブに似た記憶がある。年齢は十ほどだったか幼少の頃、故郷の家の近隣で日々遊ぶ中、年上に引き連れられて数人で家の傍を流れる河を上流へ辿りのぼり、年上が肩にかけて用意したロープなどを使って危険な岩や流れを渡り、とうとう簡単には登れない崖に行き当たったが、皆は勇んで靴を脱ぎポケットに突っ込んで、身軽に登るのだったが自分の番にきて、仕方なく壁に取りついたがあと少しのところでどうにも動けなくなった。リーダー格の年上が崖の上からこの時とばかりロープを放り下げ、それにしがみつけと言うのだが手が外せない。このままいつか落ちると意気地が萎えて鼻をすすりながら、下と上からの声に唆され覚悟を決めてロープに飛びついた途端、力強く崖の上迄引き上げられた。危なかったなあと笑われながら、落ちたらどうするつもりだったと無性に怒りが込み上げていた。然し、これが経験となって、更に危険な岩山を行く日々が加わった。必ず子どもにしては大きすぎる畏れが目の前に顕われたが、なんとか乗り切ると、同じような怒りとともに健やかな充足感が広がるのだった。

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