千層遡行

2月 17th, 2015 § 千層遡行 はコメントを受け付けていません § permalink

 引き戸を後ろ手に閉めると、金属質な籠りの中、植物が鼻孔から瞳の奥へ薫り差し瞼が潤んだ。河原の土手をダンボールで滑り落ち、笹の繁みの中で緑色が滲んだ膝小僧を頬にすり寄せた軀の形が皮膚の下に弱く広がる。深く吸い込んでから呼吸を整え、目を凝らしたが、店の中にはそれらしいものは見あたらない。  
 雨の残りが俄に降って、駆け込むほどではない軽いものだったが肩は皮膚まで湿っていた。知らぬうちに身体に染みたかと袖口に鼻を近づけると、手の甲に黒いものがぽたんと垂れた。  
 ほんの数分前、互いが驟雨に慌てたのだろう、歩道のすれ違いざま今時の赤い長髪に隠れた華奢だが固い肩が額に当たり顔を顰め、妙に女性的なコロンの香りが鼻につく白いツナギ姿に身を構えたのだったが、意外に繊細な柔らかい声でスミマセンと腰を曲げて頭を下げられ痛みは和らいだ。背丈のある細い身体の背中に有坂石材店と印刷された文字を読んで、走り去る姿に、石というのは、つまり墓なんだろうなと一瞬印象と認識が揺らぐのを遊ばせるように空を見上げ、細かい雨の落下に暫らく顎を預けると、眉間に焼き栗を乗せたような甘い痺れが丸く残っていた。  
 手提げから出したタオルで手の甲、口元を拭うと、思いのほか汚れ、喉まで血液の名残りがあって、雨露に薄められ余計に広がったかなりの量が胸にまで落ちていた。啜ってから鼻腔を広げる。でもやはり、この濃厚なミドリイロは近くから流れてくる。 » Read the rest of this entry «

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