7月 31st, 2009 § 嵐 はコメントを受け付けていません § permalink
「嵐の夜にセックスをしたカップルがその翌朝、こんな掃き溜めの港を眺めるってどうかしらね。まだ残っているのは波かな。こんなにもプカプカ集められてる」
台風の去った翌日、窓を開け眩しい朝の輝くような陽射しに誘われ、ベットのタオルケットから放り出された羊羹のようにぷるっと張ったようなナナの足をぺんと叩いて、健一はでかけよう。ブレックファスト。と声をかけた。ナナはタオルケットの中に身体を丸くした。健一は面白がってタオルケットを引っぱり丸いナナの身体の上に飛び乗ると、ナナは子供のような香りを広げながら身体を開いた。
「どうするんだろう。行政が動いてこうしたゴミを収集するのかな。海上のものでも」
健一は、埠頭の丸い綱止めに座り、マックの袋から直にポテトチップを口に運びながら、珈琲をちっと熱がった。
「東京は朝が汚いよね。路肩にゴミ袋が盛り上がって。慣れてしまっているけど、アタシはゴミ溜めを眺めないようにしている。寝坊でしょ」
ナナはフィレオフィッシュをちぎってアイスミルクが白く唇に残った口に入れながら、
「眺めるとみつめてしまうのよ。なにか見てはいけないものが紛れているようで。あと少しでそれがみつかりそうになるから、はっとして眼を逸らすわ」
「ああ、ありそうだな。わかるよその感じ。ゴミって事件性そのものだよな」
埠頭の先端では数人が週末の早朝の釣り竿を垂らし、沖合に白いヨットが音もなく滑っている。ふたりは互いの存在に依存する安心を使って目の前に集められた浮かんだゴミを、何かを探すような目つきを泳がせるようにみつめながらしばらく黙って口元を動かし続けた。
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7月 31st, 2009 § 1993-03 はコメントを受け付けていません § permalink
潰しの利かないスペシャリストと自棄糞に書いた履歴を笑って転職推薦してくれた大学のサークルの先輩だった荻原が社員食堂で肩をつつき、おい去年入った営業二課の岸本って知ってるかと佐倉に声をかけた。最近腹に脂肪がついたからランチを減らしたと豪語する荻原の少しも減っていないトレーの上に並ぶ小皿を眺めつつ、久しぶりに同じテーブルに座った佐倉に、岸本という新人のロッカーからお前の資料が転がり落ちて俺のところに届けられた。荻原はトーストにジャムを厚く塗って口元を汚しながら話した。拾った人間には口止めしてある。
先輩ものを喰いながら話すのはやめなよと佐倉は汚れた口元を拭くように自分の顎に指を立て、どういうことと尋ねた。
やつは、まだそのデータを俺が持っていると気づいていない。勿論お前にこうして話すことになっているなんて思っちゃいない。自分の部屋かどこかに置いてきたか忘れたか位だろう。とにかくどこで調べたか知らないが、佐倉お前の詳細が書かれていた。身長から好き嫌い、靴のサイズ、背広のメーカー、腕時計などなど、ちょっと立派な調査報告書でぞっとしたぞ。まだ誰にも言っていない。岸本が女なら色っぽい話なんだがな。佐倉お前ゲイじゃないだろな。
荻原はトーストに無理矢理ポテトサラダを乗せて折り畳み、一気にその半分を喰いちぎるようにして頬を膨らませ、口の中のものを噛まぬうちにカフェラテを流し込んだ。
佐倉は荻原の話がいまひとつ掴めない表情をして、珈琲だけ口にした。
そのデータというか資料というかノートなんだが、今夜見せるから一杯付き合え。詳細と対策はその時に。荻原は佐倉にそんなことをされる覚えがあるかと聞いただけで、佐倉の1/4のスピードで食事を終え、これから偉いさんに会わなきゃいかんので、これしなきゃなと、ポケットから歯ブラシの柄だけ持ち上げて佐倉に見せて立ち上がり、さっさと食堂を後にした。
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7月 30th, 2009 § 類 はコメントを受け付けていません § permalink
太田はパシリを言いつけられるといつも嬉しそうに走っていく。中田は背を丸めた太田の後ろ姿に向かっていそげと笑いながら怒鳴った。どちらも下衆だといつも佑司は思った。太田は自分ひとりでは生きていけない。中田は劇場をつくり立ち回る役者気取りで、これもひとりでは泣き笑いすることすら出来ない。中田と太田を繋いだ線の回りに集まる4,5人は、囃し立てながら結局彼等ふたりを過剰へ盛り上げるサディスティックな観客であり、言われるままに下半身を露出し、蹴られるほどに歓びの笑みを浮かべる太田と、口元を半分だけ耳元へ曲げて爬虫類のような目つきで、支配環境の反応を笑う中田は、弄られるほど熱狂するマゾであり、密封されたチューブの中の気泡と水のようなものだ。どちらもくだらない道化にすぎない。眉間に皺を寄せて小さく集まる女子のグループの笑いの残る囁きも同時に断つ為に、佑司はイヤフォンを耳穴に深く差し込んだ。
太田とは小学校の頃同じ野球チームで市のリーグに出たこともあった。ふたりだけでキャッチボールをしたこともあったが、クラスが変わりチームも解散し、遊ぶこともなくなった。こちらが恥ずかしくなるほど気取った背広を着た父親と水玉の派手なワンピースの母親ふたりが教室に現れ、振り返って手を振った中田を含めた家族の奇妙な存在に、最初からなにか禍々しいものを佑司は感じていた。佑司はもともと率先して先導するリーダー気質ではなかったので、日々の印象をくだけた調子で分かち合う友人もいなかったためか、蚊が刺した痕の皮膚がたまらなく痒くなるように、中田の日々の仕草や表情や一言一言に嫌悪が残った。そのような佑司の目つきを感じ取ったか、いつまでたっても自分の良き観客とならない苛立ちがあった中田も、佑司には直接声をかけず、かといって露骨に敵対するような素振りはなかった。佑司は、どうしようもなく相性が悪い人間というのが必ずいて、それが自分と中田なのだ。きっとあいつもそう思っていると感じていた。どうやらそうしたニュアンスを知らぬうちにクラス全体が汲み取っており、中田が奇妙な行為を露呈する度に、皆が中田を眺めたあと佑司へと首を回した。佑司がそれが尚更に腹立たしく、そんな時は席を立って教室を出た。
放課後下駄箱から外履きを出す佑司に、太田がちょっと時間あるかい。と声をかけた。年末の田畑に残雪が残って夜光を照らし返す仄暗い夕方だったので、佑司は春か夏の午前中ならば良いのにと思いながら太田の眼をみた。TVドラマに出て来るように皮膚をテカらせて太田はへへと笑った。
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7月 25th, 2009 § 列車 はコメントを受け付けていません § permalink
「そりゃどしゃぶりの雨の中傘も持たず合羽も羽織らず全身を濡らして走ってくれば、待っている人間にはそれだけで人間の光景として焼き付くよ。いろんな情感も沸き上がる。受け止めながら当事者として翻るーひとりきりで繰り返されるイメージーともなる」
「雨を避けた軒の下裾は塗れてしまったが、小降りになるまでやり過ごそうと肩を窄め上目遣いに空を恨めしく見上げる姿も悪くはない。問題はその性別と年齢。自分がそうである時間と、眺めの中に彼か彼女の前後の時間を、並べるっていうのとちょっと違うな。関係ないんだから」
「海岸でも校庭でもアスファルトでもいいんだが、歩み去る足下の運びというのはいかがだ。勿論若い女性がいい。これは眺めだけで、自分の足元を考えるとぞっとする。何か一番イヤラシいものが現れそうだ」
「人間の光景と捉える側の時の気分によって瞬間的に自動選別が行われてしまって、あっさり省かれるような拙いものだと執拗な反復か丁寧な環境導入が必要だが、そんな悠長なことやってられねえし、まあセンスだよな」
「野球のようなサッカーのような器と中身という設定、設置の劇場ってアカデミックでしょ。誂えた装飾は元来人間の光景のリアリズムはないからねぇ。どこか儚いよ。気をつけないといけない。レシピ次第でいかようにも可変であるという劇的な仕掛けは、恣意の首をすげ替えれば世界が変わっちゃうから。オリンピックとか。選手は線香花火のように断片が輝いて途端に死ぬ。文脈を断たれる仕掛けなんだ」
「あんたレトリックが下手だね。小さな細長いハムサンドとミネラルウォーターを車窓縁に置いて、景色をみながらゆっくり食べている。生憎外は曇っていて、幾つもトンネルを抜けるが、天気は益々悪くなる一方だ。ふたたびゆっくり水を飲みハムサンドを食べる。どうだい。延々としているだろ」
「お前さんはほんとに覗きにはじまって覗きに終わってる。特定のかなり限定的な文脈が生まれてしまった場合はどうするんだ。知りたいという欲望が頭を擡げた場合の責任は誰がとる」
「知るか。そんなこと」
「ほら、それより見事な霧だ。みろよ。全部なかったことにもなりそうじゃないか」
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7月 23rd, 2009 § 屍骸 はコメントを受け付けていません § permalink
「今度は馬だってよ」
受話器を置いた安永から教えられても、村田は驚かなかった。飛び出した野生の鹿が新車に衝突し、下手すりゃ崖の下に落ちてた。ボンネットを曲げられ、修理に50万かかった。車はなんとか動いたからよかったがという叔父の言葉をおもいだし、
「この間は、豚だったじゃねえか。なんでもありだよ」
と返した。
村田は道路清掃の会社に勤めるまで、道にはありとあらゆるものが落とされ、遺棄されていると知らなかった。呆れながらもう5年が過ぎた。怪我をしている動物などは、保健所の受け持ちとなるが、鉄屑や屍骸は村田たちのような下請けが、時には軽トラ一杯の屍骸を運ぶこともあった。俺も知らなかったのだから、誰も知るわけない。村田は仕事のことを他で一切話さない。喜ばれる話ではないし、実際付き合いはじめた女に迂闊に話して席を立たれたことがある。女とはそれきりだった。
関節が開き曲がっていたが、馬の正しい関節の形なんて知らないと、腹から臓物が平たく飛び広がり、遠くからは布団かなにかにも見えるだろう馬の屍骸を眺めて、村田は安永に、
「車から落ちたのかなぁ」
となげると、
「どっちにしろ、誰も何も言ってこないさ。何度か轢かれてるぜ。目玉が片方ないわ。ぐえ。でかいと厄介だ」
安永は、シャベルで内蔵をかき集め、村田にお前もはやくやれと顔を突き出して促した。
村田は、幼い頃、近くの川で馬の屍骸を見た記憶がある。橋から見下ろすと、馬の身体に樹々が流れ着いているのか、その逆なのかわからない塊の硬直した四肢と膨れた腹が目の中に残り、なぜあんな所にと大人になってから考え込むことがあったが、川になんでもかんでも捨てていたんだと終わらせた。今は高速道路になんでも棄てる。こっちは時速100キロの急流だ。向こうのトンネルからヘッドライトを横に流しながらクゥンと眼の前を過ぎる車の切れ目を待って工事中の蛍光コーンを集め、荷台に放り投げ、次はどこだとブラシで路面を擦る安永にへ大声をだした。
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