屍骸

7月 23rd, 2009 屍骸 はコメントを受け付けていません

「今度は馬だってよ」
受話器を置いた安永から教えられても、村田は驚かなかった。飛び出した野生の鹿が新車に衝突し、下手すりゃ崖の下に落ちてた。ボンネットを曲げられ、修理に50万かかった。車はなんとか動いたからよかったがという叔父の言葉をおもいだし、
「この間は、豚だったじゃねえか。なんでもありだよ」
と返した。
 村田は道路清掃の会社に勤めるまで、道にはありとあらゆるものが落とされ、遺棄されていると知らなかった。呆れながらもう5年が過ぎた。怪我をしている動物などは、保健所の受け持ちとなるが、鉄屑や屍骸は村田たちのような下請けが、時には軽トラ一杯の屍骸を運ぶこともあった。俺も知らなかったのだから、誰も知るわけない。村田は仕事のことを他で一切話さない。喜ばれる話ではないし、実際付き合いはじめた女に迂闊に話して席を立たれたことがある。女とはそれきりだった。

 関節が開き曲がっていたが、馬の正しい関節の形なんて知らないと、腹から臓物が平たく飛び広がり、遠くからは布団かなにかにも見えるだろう馬の屍骸を眺めて、村田は安永に、
「車から落ちたのかなぁ」
となげると、
「どっちにしろ、誰も何も言ってこないさ。何度か轢かれてるぜ。目玉が片方ないわ。ぐえ。でかいと厄介だ」
 安永は、シャベルで内蔵をかき集め、村田にお前もはやくやれと顔を突き出して促した。

 村田は、幼い頃、近くの川で馬の屍骸を見た記憶がある。橋から見下ろすと、馬の身体に樹々が流れ着いているのか、その逆なのかわからない塊の硬直した四肢と膨れた腹が目の中に残り、なぜあんな所にと大人になってから考え込むことがあったが、川になんでもかんでも捨てていたんだと終わらせた。今は高速道路になんでも棄てる。こっちは時速100キロの急流だ。向こうのトンネルからヘッドライトを横に流しながらクゥンと眼の前を過ぎる車の切れ目を待って工事中の蛍光コーンを集め、荷台に放り投げ、次はどこだとブラシで路面を擦る安永にへ大声をだした。

image

Comments are closed.

What's this?

You are currently reading 屍骸 at edamanoyami.

meta