「そりゃどしゃぶりの雨の中傘も持たず合羽も羽織らず全身を濡らして走ってくれば、待っている人間にはそれだけで人間の光景として焼き付くよ。いろんな情感も沸き上がる。受け止めながら当事者として翻るーひとりきりで繰り返されるイメージーともなる」
「雨を避けた軒の下裾は塗れてしまったが、小降りになるまでやり過ごそうと肩を窄め上目遣いに空を恨めしく見上げる姿も悪くはない。問題はその性別と年齢。自分がそうである時間と、眺めの中に彼か彼女の前後の時間を、並べるっていうのとちょっと違うな。関係ないんだから」
「海岸でも校庭でもアスファルトでもいいんだが、歩み去る足下の運びというのはいかがだ。勿論若い女性がいい。これは眺めだけで、自分の足元を考えるとぞっとする。何か一番イヤラシいものが現れそうだ」
「人間の光景と捉える側の時の気分によって瞬間的に自動選別が行われてしまって、あっさり省かれるような拙いものだと執拗な反復か丁寧な環境導入が必要だが、そんな悠長なことやってられねえし、まあセンスだよな」
「野球のようなサッカーのような器と中身という設定、設置の劇場ってアカデミックでしょ。誂えた装飾は元来人間の光景のリアリズムはないからねぇ。どこか儚いよ。気をつけないといけない。レシピ次第でいかようにも可変であるという劇的な仕掛けは、恣意の首をすげ替えれば世界が変わっちゃうから。オリンピックとか。選手は線香花火のように断片が輝いて途端に死ぬ。文脈を断たれる仕掛けなんだ」
「あんたレトリックが下手だね。小さな細長いハムサンドとミネラルウォーターを車窓縁に置いて、景色をみながらゆっくり食べている。生憎外は曇っていて、幾つもトンネルを抜けるが、天気は益々悪くなる一方だ。ふたたびゆっくり水を飲みハムサンドを食べる。どうだい。延々としているだろ」
「お前さんはほんとに覗きにはじまって覗きに終わってる。特定のかなり限定的な文脈が生まれてしまった場合はどうするんだ。知りたいという欲望が頭を擡げた場合の責任は誰がとる」
「知るか。そんなこと」
「ほら、それより見事な霧だ。みろよ。全部なかったことにもなりそうじゃないか」