7月 30th, 2009 類 はコメントを受け付けていません

 太田はパシリを言いつけられるといつも嬉しそうに走っていく。中田は背を丸めた太田の後ろ姿に向かっていそげと笑いながら怒鳴った。どちらも下衆だといつも佑司は思った。太田は自分ひとりでは生きていけない。中田は劇場をつくり立ち回る役者気取りで、これもひとりでは泣き笑いすることすら出来ない。中田と太田を繋いだ線の回りに集まる4,5人は、囃し立てながら結局彼等ふたりを過剰へ盛り上げるサディスティックな観客であり、言われるままに下半身を露出し、蹴られるほどに歓びの笑みを浮かべる太田と、口元を半分だけ耳元へ曲げて爬虫類のような目つきで、支配環境の反応を笑う中田は、弄られるほど熱狂するマゾであり、密封されたチューブの中の気泡と水のようなものだ。どちらもくだらない道化にすぎない。眉間に皺を寄せて小さく集まる女子のグループの笑いの残る囁きも同時に断つ為に、佑司はイヤフォンを耳穴に深く差し込んだ。

 太田とは小学校の頃同じ野球チームで市のリーグに出たこともあった。ふたりだけでキャッチボールをしたこともあったが、クラスが変わりチームも解散し、遊ぶこともなくなった。こちらが恥ずかしくなるほど気取った背広を着た父親と水玉の派手なワンピースの母親ふたりが教室に現れ、振り返って手を振った中田を含めた家族の奇妙な存在に、最初からなにか禍々しいものを佑司は感じていた。佑司はもともと率先して先導するリーダー気質ではなかったので、日々の印象をくだけた調子で分かち合う友人もいなかったためか、蚊が刺した痕の皮膚がたまらなく痒くなるように、中田の日々の仕草や表情や一言一言に嫌悪が残った。そのような佑司の目つきを感じ取ったか、いつまでたっても自分の良き観客とならない苛立ちがあった中田も、佑司には直接声をかけず、かといって露骨に敵対するような素振りはなかった。佑司は、どうしようもなく相性が悪い人間というのが必ずいて、それが自分と中田なのだ。きっとあいつもそう思っていると感じていた。どうやらそうしたニュアンスを知らぬうちにクラス全体が汲み取っており、中田が奇妙な行為を露呈する度に、皆が中田を眺めたあと佑司へと首を回した。佑司がそれが尚更に腹立たしく、そんな時は席を立って教室を出た。

 放課後下駄箱から外履きを出す佑司に、太田がちょっと時間あるかい。と声をかけた。年末の田畑に残雪が残って夜光を照らし返す仄暗い夕方だったので、佑司は春か夏の午前中ならば良いのにと思いながら太田の眼をみた。TVドラマに出て来るように皮膚をテカらせて太田はへへと笑った。

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