1993-03

7月 31st, 2009 1993-03 はコメントを受け付けていません

 潰しの利かないスペシャリストと自棄糞に書いた履歴を笑って転職推薦してくれた大学のサークルの先輩だった荻原が社員食堂で肩をつつき、おい去年入った営業二課の岸本って知ってるかと佐倉に声をかけた。最近腹に脂肪がついたからランチを減らしたと豪語する荻原の少しも減っていないトレーの上に並ぶ小皿を眺めつつ、久しぶりに同じテーブルに座った佐倉に、岸本という新人のロッカーからお前の資料が転がり落ちて俺のところに届けられた。荻原はトーストにジャムを厚く塗って口元を汚しながら話した。拾った人間には口止めしてある。
 先輩ものを喰いながら話すのはやめなよと佐倉は汚れた口元を拭くように自分の顎に指を立て、どういうことと尋ねた。
 やつは、まだそのデータを俺が持っていると気づいていない。勿論お前にこうして話すことになっているなんて思っちゃいない。自分の部屋かどこかに置いてきたか忘れたか位だろう。とにかくどこで調べたか知らないが、佐倉お前の詳細が書かれていた。身長から好き嫌い、靴のサイズ、背広のメーカー、腕時計などなど、ちょっと立派な調査報告書でぞっとしたぞ。まだ誰にも言っていない。岸本が女なら色っぽい話なんだがな。佐倉お前ゲイじゃないだろな。
 荻原はトーストに無理矢理ポテトサラダを乗せて折り畳み、一気にその半分を喰いちぎるようにして頬を膨らませ、口の中のものを噛まぬうちにカフェラテを流し込んだ。
 佐倉は荻原の話がいまひとつ掴めない表情をして、珈琲だけ口にした。
 そのデータというか資料というかノートなんだが、今夜見せるから一杯付き合え。詳細と対策はその時に。荻原は佐倉にそんなことをされる覚えがあるかと聞いただけで、佐倉の1/4のスピードで食事を終え、これから偉いさんに会わなきゃいかんので、これしなきゃなと、ポケットから歯ブラシの柄だけ持ち上げて佐倉に見せて立ち上がり、さっさと食堂を後にした。

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