12月 13th, 2009 指 はコメントを受け付けていません

 列車からプラットホームに降り立ち、この街を囲む山並みから吹き下ろされる風という より大気の移動に身体を包まれると、全身の毛穴が広がって、豊かで力強い樹木の存在を感じた。 季節はずれの炬燵の中で瓶にひとつ仕舞っておいたものに鼻を突っ込み細くはなったが 思考を切断するような臭みの消え失せるまで嗅いだのはいつだったか。これは糞だと吐き捨てる倒錯を香りに加え、夢中になって拾い集め指先に染み込んだ銀杏の匂いが、どこか 近くで立ち上った焚火の香ばしさと交ざって運ばれ、数年はこの臭みを身から失っていた ことに気づいた。朽ちていく季節の欠片を萎えた肺がゆっくり膨らんで、細かな細胞の記 憶を刺激し、濃密な酸素が全身を巡る。  
 緯度を列車で少し北上しただけで、視界も広がった風な透明な大気がある。成程、プラ ットホームから見える街は薄く濡れ、瓦屋根やアスファルトの路面や電線には若干の雨の 名残があって、水滴が輪郭を発光させるように陽射しを反射していた。舞い上がった挨が 落とされたからだろう、遠い麓の家々がくっきりと浮き上がり、細かな鳥らの軌跡も軽やかに追うことができた。マイナスイオンを吸収して、弛んだ皮膚が張りを取り戻すように 漲って、額のあたりに、これまで幾度かの未知に降り立った断片が、現在の状況とどう符 号するのかわからないが甦った。忘却の果てに置き忘れていた、初対面だった筈の、陽に 焼けた男の喉元を絞るような笑い声が、横風で電線の鳴る音に振り返った時の、剥がれか かったペンキ看板の鉱物の発色の黄色となり、傾いた西日に照らされた、北の町の縁にひ っそりと祀られてあった巨石を蔽う紅葉の鮮血のように辺りに滲む赤が、そこまで辿る列 車から眺めた川底の珊瑚の亡骸、乳白色の石灰岩に並んだ。大気が圧倒する季節の内陸地 方都市で、真夏の海沿いの駅と、遠い北の町の業を不都合もなく呼び寄せ、上等なカクテ ルのようにトータルに心地よく頭蓋に染み渡るので、訳もなく淡く逆上せるのだった。終着駅ではなかったが、車窓から二時間、地形の変化を眺め続け、ふいにまとまった人 気の固まりに辿り着いたという気分が下車を促していた。喧しい環境から逃れるようであ ったのに、無人駅ではココロが動かずに、人間の集まった徴が顕著である駅を選んだこと が、自身の邪な質と認めて、人気の無い場所はまいってしまうから、言い訳に寄りかかる ように改札を抜けた。  
 西に間近に見える山には旺盛な色が消え、錆色に落ち着いて季節の終わりを思わせた。 都市というより、こざっぱりとした小さな街で、駅前のロータリーに面したビルの壁面の 液晶モニターから、季節の映像と加減されたボリュームで流行の曲が流れ、小綺麗なホテルも幾つかみえた。デパートには枯葉模様の垂れ幕がかかり、ショーウインドーのディスプレイには綿を使った雪が早々とイメージされている。東西に走る大通り片側の街路樹は すでに枝を落とされ、残された樹木の枝振りも、数日中に払われるのだろう、少ない人数でゆっくりと作業が行なわれている。建造途中のクレーンや建物も数えるほどで、そのせいか時間を遡る退行の趣がしたが、清々しい光景と受けとめた。タクシー乗り場では、退屈そうな空車が行儀よく並び、人の流れも相応にあり、都会と変わらぬ今風の化粧などした人の顔があった。 
 観光案内所で手にした簡単な地図をみて、併設されている私鉄電車の伸びる路線図と駅名を指で確かめてから、このまま乗り換えて揺られることにした。二 両編成の車内の吊り広告は、簡単明瞭で無駄がない。いかにも地域がらみと思わせるもの ばかりで、土地の流通や必要の形態を??象徴していた。所々にある全国共通の所謂「美しい」ものからは現実感が感じられない。乗客にもこの辺りの生活が色濃く現れて、公民館 に集った風情で、互いを認め合っているような車内の穏やかさに身を任せようと対面式の ボックスシートに腰をおろした。電車が走り始め、ローカルなアナウンスを聞きながら、 窓の外の低く続く町並みをぼんやり眺めた。楽しそうに笑う女や男たちの、語尾が伸びて 上がる癖のある方言の入り交じった雑談に気楽に耳を預けた。暫くするとその中になにや ら偽物臭い「寛容」が、「悪意」を纏って関係の弛緩のようなものを作り上げている印象へと変わった。  
 都会特有の張り詰めた集団の忌まわしさを此処に併置相対させて、気持ちを批判的な縁 にゴリ押しした屁理屈のような旅人特有の印象ではあった。  
 世代がその前後から隔離されたような、十代後半だろう、数人毎に寄り添った若者たちの仕草や所在ない会話が、車両に広がる弛緩に犯されるようにして暗然に守られ、むしろ甘えるように燻って、大人たちの会話と並んで互いに溶け合うバルールで点在している。 一見平和な穏やかな光景ではあった。だが、肉体の過剰を持て余し、理不尽な世界に敏感に反応し、未完成な生を誇っていい筈の彼らに、どこかひどく老成した仕草が用意されている。大人たちの会話もおどけた神楽のような演技仕立てで、説教と啓蒙を誘うように盛り込み、大袈裟で偏った恣意となって個人的な対話を逸脱し全体を手に入れようとする屈折した伝達を望んでいる。老人の射精説法と言葉にすると哀しい。アニメやタレントのコピーの、茶色の髪の下から見え隠れする火照った頬と、散漫に浮遊するその瞳は、結局自身を映す鏡を、窓や手摺りの曲がった金属面に探すナルキソスのそれとなり、何かを見つめる風であっても仲間の確認を取る以外は内側に籠もって幻に照らされ、見事に排他的であり、時には愛想のいい八百屋の主人のような振る舞いで、見知らぬ母親ほどの女に相槌を打ち煽てて果物を頂戴する。世の為人の為に生きてみたいよと平気で答え、頑張ってね と肩をたたかれれば照れたようにはにかむ。根は皆やさしいのよ。大人はひと絡げの理解で終える。「未知」に無関心である様子は、老人や主婦たちのものと変わらない。この国 の地方都市という環境は、小さな家の構造を幻想として投影して構築されるのだろうか。 人間は皆家族であり、異なる者を必要としない。幾つになっても子供のまま支配する。例 え未知なる「外」がいきなり目の前に立ち現れても、その処理を何もなかったのだと残さぬよう隠す。「外」を現実的に機能させれば、自身のどこかが壊れ、あるいは変質する。 生理的な判断を前提として、未知を突放すしかない。この国の峠の交易、物々交換も長い間そのようだった。哀れな琵琶法師の話は幾つもある。この列車の大人たちも、全く近頃の子供ときたらと愚痴ることを遊ぶようにして、子供たちの下手糞な化粧や四方山話しを無視しながら、自らの内側へ取り込んで楽しむ。擁護と支配を可逆的な立場の詭弁として 使い分けている。甘い無視に慣れた子供たちは、自らの存在を脅かし、同一性を確かめる 探求の触手と好奇心を抱く世界を知りたいと思わない。と続けて、だがこれが成熟した空 間と人間でもあるかもしれぬ。と転じる。百匹目の猿は特別な空間に産み落とされるわけ ではないにしても、この穏やかさは、だが気味が悪い。  
 批判的な感想が生まれるのは、旅人気取りの傍観の立場であるからと、自らを言聞かせて、所詮こんなものだ。クロイツベルクの古いマンションの一室で上映されたパゾリーニのテオレマを一緒に観た若いゲイの建築家の卵の、絶望的ニ解体スル家族ハ、未来ノ可能 性ナンダヨネエーと、イタリア料理の店でワインに酔いながら赤い瞳で零した囁きが膝の ?? あたりにきこえた。背負うものなど何もなかった無責任な若僧の、取るに足らない酒の席で、こちらは「可能性などない。解体が永遠に持続するだけだ」と野次っていた。  この地方都市は、不変であることが大切であって、果てしなく愚図愚図している状態が 場所の本質であるとも考えられる。おそらく太古からそれが培われた。生存の手法でもあ るかもしれない。そして知らぬうちにこちらは此処を選んだ。いっそのこと排除と洗練の 反復が時間の層となった古の街を選べばよかったか。電車の揺れに、淫らな観念を出鱈目 に組み立てたせいで印象は飛躍を繰り返した。 
 数時間前、新宿まで乗った、尖った視線を壁や肩に突き刺す無言通勤列車の、オスたちに囲まれて、眉間に皺をつくり噛み締めるよう真っすぐ前を睨んで、むしろその猥雑な視線を直に胸元で受けとめるようにして自身 を守る女子中学生の、強かで艶のある力を垣間見せる表情を思い出し、それにしても、オスたちのあそこまで非情な視線をあからさまに突き立てる臆面の無さも凄いものだと、他人事のように腹の底に言い捨てて、非情さというより、人間のある種険悪な斥力は案外、 従来的な力を踏み超える現実的なシステムなのかもしれないと弁えた。彼女の対極には、 確かにああいった視繰を超然と玩んで跳ね返す強い色気も自我もあって、そんな時オスたちは目を逸らし尻尾を巻く。だがいずれにしても、関係が切り詰まつてこそ生まれる力だ。 この二両編成の列車は、皆が匿名性を帯びた両親と子供となって、神楽を舞うように延々 とのこのこ走る。二両編成と通勤列車にみつけた悪意の差異が不明瞭になって、まさかこ の毒の吹き出た棘のような悪意こそが、人間を喚起させる本来の力であるような気持ちが 重なり意識が朦朧と霞む。  
 所属や立場、繋がりの無い勝手な思いを、なぜこうも唐突に浮かべ巡らせたのかわからない。こちらは辺りから浮いて睨みつけるようだったのかもしれない。向かいのボックス 席を占領していた四、五人の高校生らしいグループの一人と視線が合ったのだろうか、焦 点の定まらぬ想念に感けるこちらは気付くのが遅れたが、燥いだ時間が消えて、彼らは囁 くような会話を残して静まり返った。隣に向かい合わせで膝を交えた初老の夫婦も、同調 するようにひっそりと押し黙り、窓の外を見るばかりとなって、列車の横揺れとレールを 軋ませる音が交互に絡み、束の間の迷妄とした想いを転化させ、さてはココロを読まれた かと、俯いて指先を眺める高校生の、光の透き通るような耳たぶに輝く、駄菓子屋で売っ ているようなピアスから、髭が伸びた頬、細く剃られた眉を見つめると、生まれたての赤 ん坊の無垢の、未熟で完璧な美しさをそこにみつけたような眩暈が起きた。自身が育てて もおかしくない彼らの存在が、迫って然るべき対峙のヴィジョンをこちらの何処かに求め るのだった。偏った考えを収め、自分の感想が一体どのような根拠で生成されるのかよく わからなくなった。窓の外は刈り終えた田や畑の広がる風景となり、この乗客達が何処に 行こうとしているのだろうかと不思議な気持ちになった。 
 四十分ほど揺られ、七つ目の 駅で降りるまとまった人たちに誘われて下車した。黙り込んだままだった若者達が、ホー ムに降りたこちらの背後に向けて真っ直ぐに素っ頓狂な罵声を投げた。思わず振り返って 手を振ると、宛ら性器の発達した幼児のような表情で、ポカンと口を開けて不思議そうに こちらを向き、先程老夫婦の座っていた席の押し開けられた窓に頭を行儀良く並べていた。
  一人が中指を立てた手首を窓の外に恐る恐る出したので、吹き出した。   
 先生のこと友達か何かだと思っているんですよう  
 去年までお世話になりました  
 ワダです  ワダ アツシです
 背後からいきなり見知らぬ女が話しかけた。振り返り、女の独り言を遮るように、こち らと同世代だろう中年の女の瞳に向けて首を振り、違いますと続けると、私は母親でアツ シは息子ですと、何を取り違えたのか、襟元を直しながらこちらの足元から脳天までを辿 るように眺めるのだった。踵を返してそのまま改札に向かった。融通の利く高校教師にみ えたにしろ、女の確信ぶりと、独断を疑わない姿勢に腹が立った。歩きながら再び振り返 ると、ワダアツシの母親に二人の女が詰め寄って、そのうちのひとりがこちらを指さしてから、中指を立てて仰け反りながら互いを叩き馬鹿笑いが風船のように膨れて割れた。それを聞いてなぜか幸先の良い徴と捉えて、勘違いなど何度されても構わないと思うのだった。    
 簡素な駅前の小さな不動産屋のガラス戸に貼ってあった部屋の案内を見て、この街に住 むことを即座に決めていた。特徴のない街で、ここ数年あまり変化がない。山を越えると 県外からの客も多い温泉がある。ペンションも増えてはいる。スキーができるから。不動 産屋の男は、この辺りの様子を説明しながら、物件の下見をしないで決めたことがマニュ アルにはないのか、あるいは何か物騒な想念があって気がかりだったのかわからないが、 本当にいいんですね。と三回繰り返したが、現金で契約を済まし、更に先三ヶ月分の家賃 を支払うと、陽当たりもいいし、築三年ですからと物腰を柔らかいものに変えた。住民票 などの書類の手配を促され、後日伺います。これでよろしいですね。単身赴任ですか。大 変ですねと続けて、こちらの都合までを勝手に決めてくれたので、そういう事にした。近 頃は若い人も古い狭いを嫌いましてね、贅沢言って。こんな季節でもワンルームとか残る んですよ。学生や独身のサラリーマンもこの辺りよりもっと賑やかな所を好みまして。中 年の一人暮らし自体が珍しいのだろうと合点はしたが、では一体どうのような人間が部屋 を借りるのか。部屋の使い勝手などを教えられていると、見るからに稚い男女が仲良く手 をつないでドアを開け、狭いソファーを譲らねばならなくなったので、部屋の鍵と契約書 のコピーを受け取ってそのまま外へ出た。背後で、やっぱりアレにしますうと、甲高いは しゃいだ女の声がした。  
 車高の低い金色のホイールをはいた真っ白なクーペが不動産屋の前に横付けされていた。 客を選ぶわけにはいかない不動産屋の男の一日の応対をみれば、おそらくこの土地の人間 と生活の大方を象徴するだろう。まだ見ぬ部屋のある建物の方向を遠く探すように歩きな がら、しかし幼児のように手をつないで、つながった形をひとつの人格として他者に向か う若いカップルの、何か赤裸々で儚い形が残った。  
 列車の客といい、いきなり声をかけた女といい、現実からズレた世界に迷い込んだ感触 が拭えない。慣れない世界に土足で入り込んだこちらが、いかにも余所者であって、いい 加減な想念を転がし続けた疲れのせいだ。と唾を道端に棄てた。放射線状に三本の路が駅 前から延びて、スーパーマーケット、銀行の支店、豆腐屋、八百屋、肉屋、靴屋、仕立屋 などが建ち並び、脇を細く繋ぐ路地には酒や食堂の看板が見えた。人影は疎らで、コンビ ニエンスストアーが一番の光に溢れていた。歩道に屋根の架かったアーケードは積雪の対 策を兼ねているのだろうか。??自転車ばかりが目立つ小さな街で、東にはざっくりと削り 取られた山腹が建物の間からのぞき、手の届くような感覚で林檎と葡萄の畑がその麓にい くらか広がっていた。おそらく街道沿いの宿場として延命したのだろう、発酵食品を扱う 老舗や、木造の旅館もあった。少し歩いてぶつかった、幾つもの異なった地名と矢印と距 離が表示され分岐している五差路の脇には、傾いて形の崩れかかった石標が残され、移動 の拠点としてそれなりにこの場所が長い時間重宝されてきたのだと理解した。新開の宅地 は、この宿場を囲む周辺に、畑をカタカナの名称のアパートへと変えた、小綺麗だが気恥 ずかしい色の建物や、必要も無さそうな月極駐車場と共に、田畑を潰して出鱈目に広がっ ている。賃貸を決めた部屋は、駅から緩い坂を登るように歩いた十五分ほどにあった。ド アを背に回廊に立つと、西に遠く大きく蛇行する河とそこへ流れ込む赤茶けたもうひとつ の川が望めた。最初に降り立った蛇行する河の向こうに霞んで見える地方都市のベットタ ウンとして移り住む人もあるだろうが、それほどの利便性や環境が約束されているとは思 えない。むしろここを南北に通過する街道自体が、それぞれの時代の動脈として勝手に進 化し、それに伴う観光や開発に手を貸す街であり、それ以外に特別なモノがあるとは思え なかった。  
 部屋がある三階建ての一階は安藤工務店という建築会社の事務所となっており、建物自 体がこの会社のものだった。二軒隣には、この辺りでは珍しい銭湯があり、だから部屋に は風呂はないと不動産屋に説明されていた。だが銭湯は、草臥れた風にモルタルのひび割 れは放置され、所々剥げ落ちている。隣には小さく付け加えられた風なコインランドリー と、煙草や飲み物の自動販売機のコーナーがあり、クリーニングの店舗が銭湯の暖簾の脇 に大袈裟な看板で営まれていた。いずれ五差路に繋がる筈の、建設会社の建物から更に登 った所でぶつかる街道は、南北を結ぶ交通量の多い古くからあるもので、その奇妙な曲折 に何度も手を加えながら、一本松を避け、またあるいは家の離れの物置をぎりぎりにかす めるほどに乱暴に拡張され使い込まれている。沿って、幾度と改築改装を余儀なくされた 痕跡を露骨に残した、取り繕ったような家々が並び、ファミリーレストランがポツンとあ って、名称のディスプレイの一部が欠けたまま、車や自転車で集まる主婦達の井戸端とな っているのだろう、窓から太い腕が幾つも見えた。  
 風呂敷に入れてから振り回して投げ出したような、この国ではどこにでもあるありふれ た街並みは、暮らすことが何か暫定的で、中途半端な決断が散乱している。大きな運送ト ラックが走り抜けると、埃にむせた植え込みの葉が細かく震え、姿の見えない飼い犬が同 時に何匹もヒステリックに吠えた。全てにおいて渉ばかしくないこの街に身を置くことで いつか精神も肉体も馴染んでガラクタになるだろう。犬の雄叫びはむしろ正常な反応と思 えた。部屋に入ると以前住んでいた人間が使っていたのだろうガステーブル、電気スタンド、 折り畳みの小さな椅子が残されていた。それに妙な恣意を感じて不動産屋に公衆電話から 尋ねると自由ににしてくれと言われた。まだ新しいモノだったが、ガステーブルのグリル 内には、悪戯に火遊びをして、出鱈目を焼却したような、炭化した汚れ物が詰まっていた。 椅子とスタンドは十分使えそうであったが、一階の事務所に挨拶をした際に教えられた不 燃物置き場へ全て運んだ。モノには人の気配が色濃く刷り込まれる。眺めるだけで動く人 や溜息までもが浮かぶ。なるほど墓石が故人の身の回りのモノで代用された??ら、残された 者は辛い。墓場ではなく生者の彷徨える霊場となってしまう。戒名を彫り込むだけの抽象 でよいわけだ。事故でも起こしたのだろうか車輪の曲がった子供の自転車、汚れた風呂の 蓋、扇風機、靴ばかり入ったビニール袋、酒のビン、潰れた空缶、破れたマットレスなど が、すでに置かれてあった。脈絡無い眺めは、ささやかな消費の淘汰の果てと映ってセン チメンタルな気分にさせる。唐突に「美しい街に住む美しい住人」という言葉が浮かんで、 そんなもの何処にあると首を傾げた。すると背後から声をかけられた。  何しろ急な事で  片付けもしていなくてすみせんでした  電話があって  まさかすぐに来られると思っていなかったので  椅子は使えると思ったんですがね  まだ若い清潔な仕事着を着た男に頭を下げられ、こちらも簡単に挨拶をして、後日又と だけ言って部屋に戻った。六世帯が三つづつ二階と三階にあって、借りたのは三階の端の 部屋だった。他の住人についての説明はなかった。こちらも尋ねなかった。 
 
 数日の間は、 食事はほとんど駅前の蕎麦屋で済ました。昼は簡単なサンドイッチなどで 繋ぎ、自然と夕方を迎え、徳利二合の酒を腹に流してから大ざるを喰った。薬味の山葵も 直に摺りおろした香りの良いものが添えられ、蕎麦湯で残りを流し込むと身体も暖まり、 部屋の布団を想うばかりとなった。朝は何も摂らなかった。何もない部屋を水を絞った雑 巾で研いてから、漠然と方角だけを決めて歩き、日に幾度か部屋に戻ることもあったが、 それ以外に特別な目的を持たないように淡々と徘徊した。部屋も一日が過ぎると研かれる ことを望むように埃をうんだ。たかが一部屋を雑巾で拭くことで、反復が充実する。一軒 の家を預かる者の気が知れない。  
 中古カメラが並ぶ駅前の小さな店で、白黒のフィルムを求めた。在庫がこれだけしか無 いとトライXを三つカウンターに置き、近頃白黒フィルムは売れない。注文しましょうか と主人に尋ねられ、プリントはできるのかと尋ね返すと設備はあるという。あまり大きな ものは駄目だと、紙焼きするバットを出してきた。これ以上は他へ発注します。私がプリ ントします。久しぶりだなあ。証明用写真の撮影やネガフィルムの即時プリントの大きな 機器の横に、フードを被せた引き伸ばし機が置かれていた。1ダース注文すると、まだ三 十ほどの若い主人は、お仕事ですか。と肩に下げたカメラを指さした。中古が割と豊富で、 随分古い形が綺麗に研かれてガラスケースに並んでいた。壁にはおそらくこの男が撮影し たのだろう、雪山の写真がパネル張りして飾られ、趣味と実益が適っていることを説明し ていた。これはねえ645で撮影しました。中型はお持ちですか。フィルムも近頃は性能 がいい。交換レンズは中古ですが揃っていますよ。話し好きな若い主人は、こちらの返事 も待たずにあれこれ細かく話しかける。低感度のポジフィルムを三本を購入すると、私が 主催しているんですが、よろしかったらどうぞいらっしゃいませんかと、ヌードモデルの 撮影会のチラシを渡され、手元の月刊誌を取り出し、会の紹介が載りましてと続けるのだった。  
 カメラを長い間手にして歩いてきたのは、子供の頃からの幼稚なフェティシズムと思う ことにしている。車やバイク、模型飛行機や様々な道具を日々抱き寄せ触れて使うことと 同じ。メカニックな目玉とか、高性能の器官の延長だとか煽てて、カメラがあれば見えな いモノが見え、気付かなかったコトに気付くと叫ぶ輩に興味はなかった。鉛筆とかカッタ ーのように酷使に耐えながら必要を満たすだけでいい。  
 カメラ屋の隣りにあった実用書ばかり多い本屋でこの辺りの地図を探した。観光案内の 類は随分ある。他は道路地図で縮尺も大雑把なものしかないので尋ねると二万五千分の一 のものが本店にはあると言われ、電車に乗ることとなった。降り立ったまま足を運ばなか った地方都市を地元の人間の感覚で歩き、教えられた本店でこの辺りを網羅してつながる 六枚の白地図と、隣のデパートで十八色の色鉛筆のセット、セロテープなどを購入し、家 具売り場など歩いた。これ以上の用事も必要も無かったので再び二両編成で部屋に戻り、 地図を床に広げ繋げてセロテープで貼り、部屋の場所とこれまで歩いた路を、黄色の色鉛 筆で辿って残した。白い地図を暫く眺めると、視線が歩行の真似をしてよたよたと記号を 踏みながら等高線を数えて峰に立ち、ふわっと跳んで河を下り、四角い点で示された過疎 の村の家の前でその様子を窺うように座り込む。これまでもバイクなどを乗り回した成果 を自覚するために同じようなことをしたことがあった。地図というグラフィックは、余計 なことを想わずに長い時間見つめることができた。 
 一眼レフに白黒フィルムを入れて、 私鉄からも何となく眺めていた、地図にも大きくある河川敷まで歩き始めた。この街全体 がおそらく赤茶けた河の扇状地なのだろう、なだらかな斜面にあって、私鉄の踏み切りを 越えると、宿場の面影を深く残す家々が残っている。街道からそういった家の脇へと細か く切れ込んだ路地があると誘われた。民俗資料館と板に書かれた、個人が趣味で行ってい る家で、戦前は製糸工場の建ち並ぶ活気のある場所であったことがわかった。芸者もいたんですよ。と資料の整理をした老人は何処か遠くを眺めて教えてくれた。部屋の西側の窓 から眺めてそう遠くないとふんだ河川敷まで意外に距離があって、然し、その距離に悩ま される理由も制約も無いのだからと、呑気に構え、寄り道や迂回を好んで歩いた。  
 
 写真撮影をいつからか歩きながら、眺めの句読点のような仕草で行うようになって、そ れが単なる点、丸に成り果てた。西日が美しいと感じる時は、ただ眺めを持続させ、印象 の萎えるまで何もする気が起きない。だからその逆光に映えるなにものかをフレームに捉 える行為は、わざとらしいイカサマで、恥がフィルムに感光した。印象は記録できない。 事実をカメラのレンズとシャッターと絞りで克明に捉えるだけでよかった。瞬間を仕舞う。 だから、瞳が光景に立ち止まる、印象の生まれる手前で、路地や建物にむかってシャッタ ーを咳のようにクシャッと押している。肩のカメラを忘れて歩くことも多かった。忘却と 記憶を考えて写真を捉えることは意味がなかった。再生される記録には、あの時はこうで あったなと照らし合わす記憶ではなく、あの時から、今も、そしてこれからもこちらと決 定的に関係の無い、変わることのないどうしようもない其処という現実が、こちらを拒絶 するように映るのだと理解して、プリントやポジを眺めながら、そういった世界の途方も ない有り様に打ちのめされることこそ望んだ。黄昏時のコバルト色の空ばかり映ったフィ ルムを眺めて、酒は幾杯もすすむ。河川敷には子供の姿もなく、広く緩慢に整地された野 球グランドのホームベースは破れて、一塁ベースは水溜まりの中にあっ??た。近くの茂み には、パーツが盗み取られフレームだけとなって腐食した小型バイクが数台倒れハンドル には植物が絡み、その横の不法投棄禁止の立て看板も、朽ちて傾いている。畑を挟んで大 きく蛇行する河の水面は濁って、所々深みや流れの速い暗さがあった。休日には家族連れ などがバーベキューでもするのだろう、向こう岸の河原に石を積み上げて、火を使った跡 が黒くお灸のように残っている。狩猟が目的ではなさそうな釣り人が遠く点在していた。 地図には第一級河川と示されていた。こちらはそもそも河との付き合い方など知らない。 大雨で氾濫すれば、あのグランドも畑も流される、人も死ぬだろうなと、埒も無いことを 思って、河原に腰を下ろし、遠くに見える壊れた山を振り返ってから、流れをみつめる前 にシャッターを押した。 地図は部屋を中心として、外側に紅葉に染まった様な色となって 汚れた。歩きながら何も思わずに撮影したフィルムの撮り終えたものの現像とプリントを 件の店に頼み、その際に棚にみつけた中古の小さなプロジェクターを購入した。ソフトケ ースの裏には病院名が記され、眼科で使われていたものらしいと説明された。発売された 新型のカメラを開発当事者の熱心さでしきりに勧める主人に、マウントを注文して、6X6 のレンジファインダーの中古はないかと尋ねると、私が持ってますとわけのわからない返 事をされて、その続きを根気を出して待つと、よく映りますが、やはりこの新製品が素晴 らしい。こちらを一向に理解しないので諦めて店を出た。大家である一階の建築会社の事 務所に立ち寄り、社長に会いたいと言うと、例の跡取りらしい男が、ああ三階のと気楽な 感じであらわれた。部屋の壁を変えたいと率直に申し出ると、何か不都合でもありました かと、名刺を差し出しながらソファーに座った。壁はベージュの小さな凹凸のある化粧壁 で、暮らす上では問題がないけれども、実はスライド写真を投影すると、その凹凸が邪魔 なトーンをつくって像の輪郭がボケる。正確な像を見ることができない。スクリーンを探 したが小さなものしかない。できれば白い艶消しの壁紙で張り直していただきたい。  
 暫く部下と相談した若い跡取りは、すんなりと構いませんよ、でも結構かかりますが。 こちらの仕事の詳細を詮索するでもなく応じてくれた。壁紙のサンプルを渡されて、この 中のものならすぐにできます。預かって部屋に戻った。  
 スライドを投影することが理由ではなかった。投影はまだ試していなかった。日々の日 課となった部屋を研く反復でみつけた、窓の脇の壁の床との隅の、人の手のひらの形を示 す指先の痕跡が、どうにも身に堪えるようになっていた。日によってその指先の仕草の含 みが異なった。簡単には拭き取れない。意固地になって擦ると排除の意志が傷となって逆 に大袈裟に滲んで広がるので放っていた。磨き込んだ際の自分の手さと考えて、何度か痕 跡に自身の手のひらを重ねる無駄をしたがズレた。指先が床に向かって少し開かれたその 手のひらは明らかに女性のものであり、どのような仕草で残されたのかあれこれ理由も考 えてみた。例えば引越時に身を支えたような力の跡も無い。窓際で身をふたつに折り曲げ、 踵あたりの壁に指を静かに添えた。すると出来る。その意味の途切れた姿勢が壁の前に膨 れた。  
 夕暮れの何もない部屋に戻る度に、女が身体を折り曲げて待つようになった。最初は淫 らなことを簡単に抱いて、下着姿で軽い運動をしていたのだろうと、健康な身体を思うだ けで済んだ。布団を敷き寝返りを打ち、寝付かれず闇に目が慣??れてから、月明かりが壁の 一点を示し、折れた白い裸体が浮かんで空気が硬直した。一度ではなかったがある時、カ ーテンの無い窓から差し込む月の光は、時間と共に明るさを増し、グレーだった手のひら が黒々と色を変えて鮮明になった。何かに縛られ、こちらも目が離せない。身体がふたつ に折れているので、髪が床に広がる。凍り付くような時間に堪えきれず、小さくドウシタ と口から出た。
 ・・・・・グズデイコジデガワイイガ・・・・・  
 囁きが耳元に触れた。背骨から繋がる首の付け根の背後から、顔の知れない男が唇を近付けてぼそぼそと喋る。尻の穴に猥褻 な感触が走り、陰嚢のウラを掻き回すように突っ込まれ、こちらのペニスを後ろから鷲掴 みにされ、身動きが取れないまま激痛の中果てた。 男の汚れのどろっとまとわりついた太い指先が、布団の紫陽花の花の上に置かれていた。 身に覚えのない夢を引きずって、まだ陽も昇らない薄暗い部屋に起き、女ではなかったの かと壁に近寄ると、男のものとは思えない。窓に映った顔に小さな汗が浮き出ていた。ど こまでが夢だったのかと窓ガラスの見たことのない白い貌が考えていた。
 霊的なコトに怯えているわけではなかった。魘されても自身の問題であるとわかってい た。部屋を何も無い状態で殊更に片付け研くから、些細なことがクローズアップされて、 そこに意識が集められる。白い半紙のひとつの小さな黒い滲みのようなものに過ぎないが、 黒子のように馴染む諦めは生まれない。見つめるたびに出鱈目な物語がはじまってしまう。 指先に何を塗った。何をしていた。名前は。と続けて始まりに戻る。指先には確かに男の 動きが潜んでいると思い込んだ。 
 依頼してから三日後の朝早く、建設会社の下請けの職人が二人、部屋のドアを叩いた。 何もない部屋に驚きもせず、壁紙を手際よく剥がし始めた。窓のある北側の一面が剥がさ れる頃、跡取りが顔を出して、何もないですね。と声をかけた。午前中にはできるでしょう。と下へ誘った。事務の女性にコーヒーを入れさせ、できるまでゆっくりしていてくださいと奥に消えた。  
 一戸建てを主に扱う小さな会社で、壁には設計士免許や仕事の記録だろう建物の写真が 飾られ、大工からの叩き上げらしい父親を継いで堅実に現在に至っているようだった。久 しぶりのコーヒーの香りも味も上等で、お代わりを頼んだ。置かれていた建築雑誌を手に取り、頁を捲って時間を過ごした。昼近くになって壁を貼る男が顔を出すまで、雑誌に夢中になっていた。  
 新聞もテレビもラジオも無いことに気が付かずにいた。そういえば文字すら眺めていな かったので、内容がこちらと全く関わりがない数字の羅列であっても、それを追う目が喜 ぶようだった。  
 柔らかいソファーに沈み込んで、学生の頃の似た気分を思い出した。厭世を抱きしめて、 友人とふたりで一日中教育テレビを眺めて過ごしたことがあった。化学の実験の番組や、 女性三人の体操、幼児や育児番組、料理や囲碁などを、黙って長い時間真っ直ぐにみつめ ていた。暗くなって友人は帰った。何かしなければいけないという甘い切迫感はあるのだ が、手法を構築する意気地は欠けていた。  
 世界はこうもくだらないという稚拙で簡単な悲観を共有しただけだったがあの時確かに 何度か、どうしようもないような実験と、繰り返される歴史の説明などに、飛躍や省略、 時代の独断をみつけ、強引で出鱈目だなと顔を見合わせ、世の中隙間だらけじゃないかと 呆れながら、その横暴さを逆に頼もしく思った。視線をズラせば皮相な好奇心は生まれた。 真面目に真っ直ぐに生きる必要はない。麻酔で痙攣するカエル、水俣病のドキュメント、 アダルトビデオの女優の喘ぎ、健康な子供、唐突な飛行機事故、清涼飲料水のコマーシャ ル、熱狂、天気予報などが延々と差異なく目の前に並び、感想の生まれない注視だけが発 酵し、得体の知れない覚醒を促した。  
 こうして空虚な時間を仕組みながら、設計図の寸法がこちらの無垢に広がる。無垢を探 し当てた。この感覚が何に繋がるかはわかないが、肉体とココロの整合を素直に感じていた。もう一杯コーヒーを頼もうと思った時、ドアから顔をだした下請けの男がこちらに向 かって会釈し、事務の女性に、社長呼んでくれと声をかけた。    
 跡取りに促されて部屋に入ると、乳白色に床が反射する壁が仕上がっていた。指は失せ ていた。髪の毛の茶色い連れの若い男のてきぱきと道具を片付ける手際が、見ていて気持 ちがよかった。  
 いかがですか。跡取りは振り返って尋ねた。我儘を言って手間をかけさせてしまって申 しわけありませんでした。と答えると、頂くモノはいただきますからと笑って、壁の状態 を手で触れ、下請けの職人の方を向いて肯いて労った。事務所で受け取った請求書の金額 を銀行に振り込む旨を伝えると、それまで寡黙だった職人が、剥ぐほうが大変なんだよね えと小さく呟いた。臆病だなと言われた気がした。  
 跡取りは、親父は昔の親方気質でうちで働く人間を住まわせるつもりだったらしいけど、 皆家族がいてね、若い連中も実家から通えるんで、賃貸にしたんです。しかしまあ、何も ありませんねこの部屋は。何もないことを繰り返されて、余程水道の水の色のことでも話 題にしようかと思ったがやめて、すべて此処にはいりました。と答え、押入から卓袱台を 出して部屋の中央に置くと、成程、座ることは出来ますねと、自分の言葉に困惑するよう な妙な顔を卓袱台へ向けた。地図に残した色鉛筆の錯綜も隙間のない拳ほどとなった。日 々気のむいた色で一日の歩行を思い出して辿るので、部屋の近辺は色が重なり、時々悪戯 に唾で濡らした指で滲ませた痕なども淡く広がり、記録というより、果物をぶつけた不細 工な跡のようにしか見えない。散漫にと意識的に違う路を殊更に選んでいるわけではなか ったが、結局この部屋から出かけて戻るという反復は、拙い歩行の律儀な蟻を思わせる。  
 出来上がったコンタクトプリントを細かく切り取り、広げた地図の縁に並べて置き、そ れぞれをその現場へと結ぶと、凶悪な事件を追っている者のような顔つきになるのが可笑 しい。夕食を終えてからは、必ずスライドを投影した。色彩の眩しくて鮮明な光を、長い 時間眺めた。ポジフィルムは全て広角レンズのコンパクトカメラで撮影していたから、遠 近が誇張され、実際の距離よりも間延びして、世界を両手で掬って傍観するつもりが生ま れる。露出の調整ができるカメラであったので、快晴の日は露光を絞ると空のどうしよう もない色が残った。  
 光の瑞々しい午前中はやはり鮮やかで、埃に噎せる午後の記録は少ない。住宅街に入り 込み、布団を干した軒先を何気なく撮影した一枚に、その家の主婦らしい女性が部屋の奥 の暗がりからレンズに訝しそうな表情を向けている。変質の者と慌てたのかもしれない。 この辺りにもあるだろう神社仏閣や観光名所ならば、カメラをぶら下げて歩いてもおかし くはないが、昼下がりの住宅街となれば、カメラを自宅に向けられるのは確かに不愉快且 つ不気味だ。これからは職務質問に相応な理由を用意して歩かねばならな??い。自由な振る 舞いはかえって不自然というわけだ。  
 プロジェクターのスイッチを切って、窓を開けると、月明かりに照らされた扇状地の街 並みの灯りが広がる。天麩羅の香りが漂い、どこかで酔っぱらいが、この野郎と小さく叫んでいた。こんな夜はなぜか犬は吠えない。

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