LAKE “Structure of place”

9月 14th, 2008 § LAKE “Structure of place” はコメントを受け付けていません § permalink

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9月 13th, 2008 § 窓 はコメントを受け付けていません § permalink

カーテンを開けると、湖畔の前に広がる草原の濡れた植物を、大きな刷毛で大地を撫でるように、ゆっくり波打って渡っていく風が通り過ぎた。坂下は、最初は気ままな時間を、仕事に追われている時と変わらずに深夜まで酒を煽り電波状態がよろしくない映りの悪い地方番組のTVを眺めて夜更かしして過ごし、昼前の窓の外のざわめきで目覚めていたが、三日ほどで場所の理に諭されたように日の出の時刻に目が覚めるようになり、五日目の朝、まだ湖面が黒い鏡のような静けさをたたえている時に、窓の外を独り走る女性をみつけ、それから続けて毎朝同じ時間に窓に凭れて走り去る彼女を眺めて珈琲を飲むことが日課になった。
八日目に、走る女性は、湖上観光船の出る観光客も多い桟橋にあるニースというパン屋で働いていることを知った。
七日目にはバスに乗って一時間はかかる地方都市のスポーツ専門店でシューズとランニングの上下を購入したが、いざ走るとなると、走る女性の時間を避けるような尻込みが生まれ、日差しが垂直に落ちる頃になって走る格好はしながら双眼鏡や小型カメラをぶら下げ、走るというよりむしろ散歩することをはじめていた。

春の終わりに通院した医師より薬よりも暫く休みなさいと促され、会社には初夏にから初秋にかけての治療の為の休暇を申し出て、思ったよりそれが簡単に受理されたことが、更に気分を暗くさせたが、会社の友人からコテージのことを知り、半年続いたプロジェクトを終えたばかりであったこともあり、同じような仕事が更に続く予定だったが、仕事を覚えた部下も、いってらっしゃいと背を押してくれたことで、暫く独りで新緑の中、何も考えない時間を過ごそうと決めたのだった。ラップトップは持参して、緊急の対応はできる旨をクライアントにも伝え、表向きは企画開発を静かな場所で行うと格好をつけたが、皆が一様に現場から消える二度と戻らない人間を見送るような顔をしていた。

錯綜したプロジェクト業務の中、関係先へ出向く際、街の中で乱れた風な女性を眺め、気がつくと女を追いかけていた。女性の自宅前の公園で家から子を連れて出て来た女性は、真直ぐに歩み寄り、どういうつもりですか。と真直ぐに坂下をみつめた。後ろから通報して駆けつけた巡査に腕を掴まれ、そのまま逮捕されたが、自分でも何をしていたのか判然としなかった。女が寝入ってから戻り、朝は仕事に出かけ、不意に外にでてくると午後から坂下はいなくなり、四日の間、随分指揮系統が乱れたと部下は警察で、坂下の横で話したが、坂下は記憶になかった。別に何をしたわけでもなかったので、不起訴になったが、その後の治療で、急性の鬱病と診察され、薬の服用をはじめたが、会社から無理をするなと、丁度プロジェクトが完了する時を見計らって、薬をトイレに流した。

大きなコテージではないが、随分使い古されたクラシックなタイプで、むしろそれを選んだので、薪を割って風呂を焚くという仕掛けを喜んだが、風呂に入って出る頃には、鉈を振るった腕が下に垂れて力が抜け、自炊も日々質素で簡単なものとなり、三日続けた風呂焚きも、隔日から三日おきになり、とうとう向こう岸にあるホテルまで湯船に浸かりにでかける夜も増えた。だが、湖畔を歩き、釣り糸を垂らし、本を捲り、好きな時にビールを飲みながら歩く時間を続けていると、情報摂取などどうでもよくなり、とうとうTVモニターを地下室に運び仕舞い込み目の前から消し去って、代わりに埃を被り据え置かれていたターンテーブルなどもあるオーディオシステムの修理を、隣町の電気店の主人に、二日ほど来てもらって修理し、ネットでCDとレコード盤をあれこれ選んで注文し、ポップスなどよりもこういう環境では交響曲がなんともよいのだと知るに至った。

ニースのバケットは固くて旨いので、米を炊くよりパンを齧るほうが坂下のスタイルに合っていたので、ほぼ毎日通って焼きたてを購入し、走る女性がアルバイトではなく安藤ミツコという若い経営者であり、プロスノーボーダーであり、冬季はこの湖畔からも遠くないスノボーのメッカのゲレンデで教えながら、大会にも出場しているらしいことを、ニースの店内に飾られている写真などで知った。もともと古くからこの湖畔には別荘やコテージが立ち並び、避暑地として成熟した場所であり、新参の開発業者もなかなか無理ができない町の条例も多くあり、まだシーズン前であり、興奮を求める若者が集まるような観光地とも違ってひっそりとしており、坂下は日々癒されていく実感があった。
上司からは音沙汰が無かったが、プロジェクトの部下から幾度かメールが届き、坂下も息災を伝えようかとデジカメで撮影した景色を添付した簡単なレスを都度返していたが、コテージで過ごし始めて一ヶ月が過ぎようとする頃、友人と有給休暇をとったのでそちらに遊びに行ってよいかと、直属ではなかった部署のサポートとして奔走してくれた記憶もまだ鮮明にある、天野聡子からのメールが届き、その中に、坂下のデジカメの景色が素晴らしい。迷惑をかけません。宿泊はホテルを予約しましたと、度々湯槽に使っているホテル名が書かれていた。やたらに明るい女性だったなとラップトップの探ると、昨年の暮れの打ち上げ時に両手をあげた天野の天真爛漫なアウトフォーカスした姿をみつけた。

廊下

7月 30th, 2008 § 廊下 はコメントを受け付けていません § permalink

廊下を濡れた素足が歩く音がしている。

部屋

7月 30th, 2008 § 部屋 はコメントを受け付けていません § permalink

咳き込んで腹を曲げ、半身を起こしベッドに腰掛けると、夢が耳栓の異物感で頭の半分に残り、
ー溺れたから風邪をひいたのよー
知らない女の声が首筋に触れた。窘めるアクセントが語尾にあった。視線を足元に落とし、湖底の泥が指の間に残っているような気もした。

カアテンのスリットが細く揺れ、向かいの白壁に陽光がナイフのように何度も斬りつけるが、柔らかい戯れと感じた。両手をひらき、左右の手のひらを交互に確かめてから、右側にある化粧鏡に顎をまわすと、見た事も無い男が背を丸くしてこちらを見ている。
此処はどこだろうと、天井を見上げてから、再びベッドに身体を静かに横たえると、目覚めに残る鋭い睡魔が斜めに降りて瞼を閉じた。私は今呼吸をしていただろうかと問いながら深く暗いところへ沈んでいく途中で、ドアの鍵の音が小さく聴こえた。

顎が、耳の後ろから首筋にかけての窪みにすっぽり置かれ女の呼吸が聴こえた。俯せの身体の起伏に合わせ、膝の裏から尻にかけて太腿があり、腹には腕が回されて、あら起きた、と女は唇で耳たぶを弄ぶように囁いた。皮膚と体温が冷たいので、夢の続きかと思った。首に巻かれるような髪が濡れているので、女は冷水を浴びた後なのだろう。女の言葉にはぶれもなく慣れた落ち着きがあったが、こちらにとってははじめての身体であり名前は勿論、香りにも思い当たる記憶が浮かばなかった。
ー身体の重さが気持がいいー
身体を動かさず、唇から率直な感想を漏らすと、女はゆっくりと囁くように静かに話しはじめた。

あなたのことよ。と締めくくった女は、自分のことなど一つも語らず、暫く間を置いて、あなたのことよ。と繰り返した。囁いている時に指先を女の太腿に回したが、女はされるに任せて一度だけ、甘く唸るように悶えた溜息を喉元から響かせ、あなたは、と同じようにゆっくり静かに続けた。

佐々木

5月 28th, 2008 § 佐々木 はコメントを受け付けていません § permalink

誰も語らないのは、あえて語らないのではなくて語れないにすぎない。ことあるたびに共有した記憶の開示を無理強いするようにかつて語り得た友人たちに嫌な顔をされながらそれを無視してごり押ししていたのは私のエゴのようなものだ。中年を終える年頃になって佐々木は自分が気づかずにいる我侭な無邪気の根拠を考えるようになった。
思えば、多くが既にこの世から消えて名残りすら無い。肉体の欠片とは云えないが寄り添った残されし近親の人々は、だが、消えた人間自体ではない。すでに消滅した人間の何を明らかにしようというわけでもなく、ひとつの話題として抱き寄せる必要など、こちらの生活にはまるでなかったが、佐々木の瞳が閉じられる瞬間に現れる「罪の意識」には、消えた人間が多く寄り添うように囲んでいた。
実際、佐々木には幾つかの他愛ない秘密がささやかな後ろめたさとともにあり、それは長年収集したコレクションなどよりも深いところで佐々木の魂の一部分を形成しているといってよかった。

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