咳き込んで腹を曲げ、半身を起こしベッドに腰掛けると、夢が耳栓の異物感で頭の半分に残り、
ー溺れたから風邪をひいたのよー
知らない女の声が首筋に触れた。窘めるアクセントが語尾にあった。視線を足元に落とし、湖底の泥が指の間に残っているような気もした。
カアテンのスリットが細く揺れ、向かいの白壁に陽光がナイフのように何度も斬りつけるが、柔らかい戯れと感じた。両手をひらき、左右の手のひらを交互に確かめてから、右側にある化粧鏡に顎をまわすと、見た事も無い男が背を丸くしてこちらを見ている。
此処はどこだろうと、天井を見上げてから、再びベッドに身体を静かに横たえると、目覚めに残る鋭い睡魔が斜めに降りて瞼を閉じた。私は今呼吸をしていただろうかと問いながら深く暗いところへ沈んでいく途中で、ドアの鍵の音が小さく聴こえた。
顎が、耳の後ろから首筋にかけての窪みにすっぽり置かれ女の呼吸が聴こえた。俯せの身体の起伏に合わせ、膝の裏から尻にかけて太腿があり、腹には腕が回されて、あら起きた、と女は唇で耳たぶを弄ぶように囁いた。皮膚と体温が冷たいので、夢の続きかと思った。首に巻かれるような髪が濡れているので、女は冷水を浴びた後なのだろう。女の言葉にはぶれもなく慣れた落ち着きがあったが、こちらにとってははじめての身体であり名前は勿論、香りにも思い当たる記憶が浮かばなかった。
ー身体の重さが気持がいいー
身体を動かさず、唇から率直な感想を漏らすと、女はゆっくりと囁くように静かに話しはじめた。
あなたのことよ。と締めくくった女は、自分のことなど一つも語らず、暫く間を置いて、あなたのことよ。と繰り返した。囁いている時に指先を女の太腿に回したが、女はされるに任せて一度だけ、甘く唸るように悶えた溜息を喉元から響かせ、あなたは、と同じようにゆっくり静かに続けた。