歩いていると素足の下に痛みが走り、それまで握りしめていた右手の斧を手前に放り投げた。腰を下ろし地べたに座り込んで左足の裏をみると細長い板がサンダルのように張り付いている。古い木箱の割れた木片に釘が残っていた。ゆっくり引き抜くとビニール袋に開いた穴から水が漏れるように一筋の黒い血が流れ出た。左手の親指で傷口を塞ぐように強く押さえながら、雑踏ならば大勢に押し倒されているだろうかと混雑する新宿駅構内が浮かんだ。転がった刃を濡らした色のほうが赤いな。
Tシャツの裾を切り裂き、足に巻き付けてキツく縛ってから、放り投げた斧に手を伸ばし、杖の要領で体重を預けて立ち上がり一足踏み出すと、激痛と共に流れ出る。こうした子どもじみた罠で戦意喪失し座った途端に首をはねられた無念の想いも浮かばぬうちの停止、切断、消去というものがこれまで累々とあったな。と水滴がひとつ垂れるように思った。
歩む度に足裏が濡れて滑り、しかし今更片足でけんけん飛びの移動はできないぞ。薄笑いが広がり、「誰とも分かち合えないまま引き受ける」と唇が動いた。書いた事も読んだこともないのに、詩人になったような気分になり、群れから迷い出た一匹の獣となったと思った。