「何も信じていないって言い張るのは、そういう意固地な自己を崇拝してるっつう恥を曝してるわけさ。自己愛をさらけ出す独我的幼児性にすぎない。愛も同じで大いに使う奴ほど中身は必要ない。そう叫ぶ自分がイコール愛っつうオチ。君たちを信じているなんてよく言うよ」
「崇拝とか信じるってコト自体、共有のイメージとして分かち合えた時代はないんじゃない。殿様や天皇を信じたわけじゃなくて、従わされたわけだし。サラリーマンだって会社を信じているとしたら幼稚すぎるわ。なんだか狡い呪文よ」
「ジュモンってうまいこというね。ああせいこうしろって背中を押されたら逆らわずに身体を動かしたほうがまあ気楽だよな。考えるのが面倒くさかったんじゃない?仲間や家族は信じてたんじゃねえか?」
「まじでそう思うのかよ」
「信仰とか崇拝とは違う。猿の子供のように寄り添うしかなかっただけよ」
他に誰もいない屋上で、緩い風に前髪を揺らしたヒロシが指をのばすと、夕焼けの反射が雲に残った海の上に飛行船が浮いていた。ダイスケはユウコの肩をつついて缶ビールの栓を抜いた。ユウコはヒロシに新しいビールを渡しながら、
「祈りを捧げるってどういうことかしら?どういう感覚に支配されるんだろ」
「例えば、家族が事故かなんかで病院に運ばれて、そこにたどり着くまで、どうか無事でいてって思うでしょ。そんな感じじゃない?」
「それだったら、宝くじが当たりますようにって思うのと変わらないじゃないか」
「違っちゃいけないの?」
「自分じゃなくなる。この身体を棄てるってことかもしれない。できる筈ないと思うが」
「いやいや人間の力の及ばない未来をこうしてくれって誰かに頼むわけだろ」
「神頼みって、まんまじゃん」
「世界はなるようにしかならない。幽体離脱に近いのかな」
「罪を償う贖罪を願う対象も神だっていうよね」
「家族に謝ったってはじまらない。身体を棄ててどこが贖罪なわけ」
「罪ってこれも実感ねえし」
「人を殺すと罪だと言うけれど、その罪ってどういうことか誰も教えてくれなかったしなあ」
「殺してみなきゃあわからないってか」
「祈ってみなきゃあわからないってどうやるの」
「不倫って罪よね?」
「言葉を一度すっかり棄てるか」
屋上の手すりに肘を伸ばして寄りかかり首都高の流れるヘッドライトの帯を眺めたヒロシは、俺もお前らもくだらないと呟いた。
ユウコは携帯を取り出し、今夜は時間があるかいというメールを読み千夜が過ぎる感覚が手元に小さく潰れた。
ビールの空き缶を順番に踏みつぶし振り返ると、飛行船はもうダイスケの視界から消えていた。
「あたしたちって歴史上希有なほど幸せでありながら、最低な感じがするわ」