7月 8th, 2009 箱 はコメントを受け付けていません

雑魚寝していた大方が交代でシャワーを浴び、始発が動き始める時間に手を上げて、帰って寝るよ。またねとドアの外へ出て行った。
深酒をしたひとりはまだ床に潰れている。
寝ている者に気をつかって音を忍ばせながら、でもなんだか嬉々として片付けをするこの部屋の主である有坂に、武藤は小さく声をかけた。
「引っ越してどのくらいになる。もう2年は過ぎていると思うが。何にも無いって不便じゃないか」
蛇口を細く絞ったキチンの流しで皿やグラスを洗いながら、
「時々皆が来て、散らかしてくれるように空っぽにしているのよ」
「まあ、狭い部屋に身動きとれないガラクタを詰め込む側としては、羨ましいような気もするが。でも病的じゃないか」
汚れの落ちた食器を渡され、布巾で水気を拭い、目の前に伸ばされた指で示した収納の食器棚に、ここか?といちいち置く場所を確かめた。武藤は有坂の研究室のありふれた様子を憶い出して、
「職場は俺たちと変わりないしさ」
有坂に隠した秘密をそっと教えろという促しを語尾に加えた。
顎がリビングのフロアーに残っている食器と残飯を持ってこいと動いたので、武藤はリビングへ戻り、髪の毛に指先を突っ込んで突っ伏している浜村の尻を踏みつけると、浜村はぐえと鳴いたがそのまままた鼾をはじめた。
有坂は流しの中へ、最後の汚れた食器を重ねて振り返り、今度は冷蔵庫を顎で示して、好きなもの飲めよと、自分は既にペリエを口に流し込んでいた。
冷凍庫に氷あずきのアイスがあったので、これもらうよと冷蔵庫を背にキチンの床に座り、頬張った。
「仕事を終えて空っぽの箱に戻ってくるだろう。床にそのまま寝転んで、気づけば朝となっていて。ああ寝ていたんだと思うわけだ。シャワーを浴びて、あの職場のデスクにまた戻る。それだけさ」

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