6月 26th, 2009 水 はコメントを受け付けていません

大雨の度に河原の形が変わる小さな流れに舟の模型を浮かべ、流れ遺った廃材を利用して隠れ家をつくり、肩に縄を巻き川沿いを歩いて上流の険しい滝まで水の中を登った。危険な遊びを繰り返していた。雪が降れば土手を橇や竹スキーで滑り降りたりもした。度胸試しと競って飛び降りて胸を膝で強打し、横隔膜が固まって呼吸ができなくなり、気づけば布団に寝かされていた。このお兄ちゃんが助けてくれたと家族の横に心配そうに座る子供は、近所では乱暴な嫌われ者だった。父親は急死した犬をこの河原に埋めている。加藤は随分様子の変わった川端の路を歩きながら、面影のある箇所で記憶を手繰り寄せるようにしばらく歩みをとめた。

子供達が集まり橋の下の河原で密やかに枝を集めて焚火をしていた。小さな流れにしては大きなものが流れてきた。私がまず最初に見たのか、傍にいた年上が指を指したのか憶えていないが、そこにいた子供達が奇妙だと注視してから追いかけた。小さな段差の流れの溜まりにそれは巻き込まれていた。土手の上の鉄工所の男が、子供達の視線の先ををみて、突然飛び降り水の中からそれを抱きかかえた。天狗のようだとその時は思った。大きく腹の膨れた人間の子供だった。
まだ三つほどの膨れた幼子を、火花を散らす作業場の前に寝かせてから、男は子供達のひとりに親を呼んでこいと怒鳴った。ほんの数百メートル上流の、近所のよく知った家の名を、年上の子供は繰り返し全力で走り出していった。
否、記憶では、母親が小さな段差の流れの中に浮く、自分の子を橋のあたりからみつけた途端に走り出して、石組みの土手を転がり落ちるように流れへ飛び降り、子を抱きかかえた光景がある。それを呆然と眺めていた私の視点は、今思えば、宙に浮いている。どこかで私の怖れ、怯えのようなものが、光景を捏造したのかもしれない。夕方だった。橋の下で遊んでいた子供達のせいでこんなことになったという根拠の無い、斬りつけるような血走った母親の眼差しに、皆が怯えて凍り付いた。
今思えば、子供達の中で最初に気づいた年上がいて、騒ぎ立てずに走っていたのかもしれない。それに気づかずに小さい子供達は下流へと移動していた。皆がおかしいぞと思うときに、すでに呼ばれた母親が来ていたと考えれば、天狗と思ったのは母親だったことになる。
救急車が来る迄随分時間がかかった。大人の女の狂うような叫びと泣き叫ぶ姿を、私は突っ立って初めて見る獣のように眺めていた。腹を押せば口からだらだら水が流れる幼子に鉄工所の男は人工呼吸を繰り返したが、どこか手ぬるい真似事のような腰のひけた仕草だった。まだ幼い子供からみてもあれでは駄目だと思った。反応の無い様子を奪い棄てるように母親は子を抱きかかえ、濡れた頭を撫でながら身体を揺らし、子の名前を叫び続けていた。

土手に座り込み、加藤の隣には黙って頷いている男がいた。
「俺はあんたを助けた憶えなんかないんだがなあ。でも走ったよ。一番先にキィちゃんとわかったから、おばさんの子が川で流されているって玄関の引き戸を思い切り開けて叫んだことは憶えている」
男の住んでいた県営住宅は既に取り壊されていたから、加藤はどこに住んでいるのか尋ねると、列車で1時間はかかる別の街に居て、一年前には娘が子を産んだ。年に何度かこの川を眺めにわざわざ列車に揺られ、バスに乗るのだと小さく呟いた。

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