042409

6月 19th, 2009 042409 はコメントを受け付けていません

引率の教師がひとり部屋の布団に入ったのを見計らって宿から深夜抜け出した。酒など飲まなかった。一番年上もまだ十七だった。月も隠れた漆黒の闇の中、道自体の存在が発光する淡い輪郭を頼りに、数人で歩き始めていた。男ばかりだった。皆まだ十代の乱雑に突き差した風や雨で簡単に流される杭の奔放と無邪気を使い、墨の液体に身体を投じて辿る怖れを笑い声の反響も吸い取られる夜へ、放り投げてから耳を澄まし、弱く立ち向かうような意気地を爪先に集め幾度も肩に積もる闇を払い落とした。皆が腹の底に生まれる黒いものを隠すような、どこか慌てるような歩みだった。アスファルトから剥き出しの地面への参道へ入り、足裏に連山の欠片のような摩耗していない石を痛みと共に捉えつつ進んだ。一人は脇に流れる細い水に足元をすくわれ下半身を濡らした。糞。と短い怒気のある言葉には普段口癖の吐き捨てる力が足りない。独りであったら気が振れるだろうかと一人は、禁忌を口にしたように狼狽えた。千五百年過去の男色聖が取り巻いて座していると前方にいた筈の男の声がふいに後ろに小さく浮かび、思ってもいない距離から、男色と云う自覚も誇りもなかったさ。別の声も聞こえたが、どれも一旦吐かれてから口に戻るように言葉の語尾が小さく蜷局を巻いて消音した。月の無い夜、光の無い夜は、獣も身を潜めているのか。と、ここに居る筈のない声が脇の肩越しに聞こえた。森も闇に埋められ、存在の気配の濃厚な香りだけ遺した静謐を、歩む少年達の腰の深さ迄足音を吸い込んで湛えていた。あの時の私は、このままひたすら歩けばいい。と何も考えないように言葉を舌の裏に隠した。自身の呼吸が頬のあたりから皮膚の内側を通って聴こえた。手を伸ばせば潰すことができそうな声が湖底の泡のようにうまれるたびに声の主の表情をそれぞれ浮かべた。瞼の中に、どれも同じように耳元が引き締まり目尻が顳顬まで切り裂かれ瞳孔が開き、覚醒と興奮を交ぜた粉で白く化粧を施された獣の顔となった。女の話もしたかもしれない。歩む男達は若いなりに甘辛い事情をポケットに入れていたが、記憶には残っていない。女の話を男同士で茶化すほど成熟していなかった。女といっても身体のことだった。それぞれが些細な事で大いに悩んでいた。今思えば、あの十代の、痩せた身体に合わない背広のような大人の身振りの日々は、拙いけれどよっぽど大人らしい切断を決心を繰り返していた。奥社に辿り着くと、闇は淡くなり胸元から切り立つ嶺と背後の森の上に蓋が開いたような頭上の厚い雲がぼんやりと月の光の透過を漂わせた。闇の歩みの中考えていたよりも幼い顔がうっすらと並び、それぞれが初めて出会う他人を眺めるような目つきでお互いをみた。そこには安堵と云うより、俺達はどんな理由があるにせよ、無知蒙昧な日を送るにせよ、忌まわしさに抱かれて生まれてきたのだという硬い諦念で貫かれている表情だった。後の夢の中、うっすらと並んだ顔はその時に老成した老人から幼子への変容を一瞬に伺わせた。そういう時間も確かに流れた。
自分たちが時間の中に居るということには気づかなかった。変化の中に立っている現実感を喪失していることに気づくのは、あれから35年待たねばならなかった。この経過の中、幾度も訪れている場所ではある。時間の経過が、杉の太さと高さの変化をふいに気づく実感としてこちらに吸い込まれた。こんなにも巨大な時空へ変化していたのかと見上げて、自らの変化を認めていた。生活はこのような大いなる時間の変化の眺めと共になければいけないと考えていた。

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