年の離れた数人の子供に連れられて田で蛙の卵を掬い採り、アルマイトの縁の曲がった洗面皿にたっぷりと注いでもらった塊を膝を開いてしゃがみ込み、連れの子供達が去ってからも日の暮れる迄覗き込んでいた。勤めから戻った母親は、縁側に座り込んだ子の背中から何をしているのそれは何と尋ねてから卵を見た。子の答えを待たずに気持悪いと一言呟くように吐いて洗面皿から顔を背けるようにして庭の外へ向け棄てた。何も言えずに立ち尽くす子に、何もなかったような表情で家に入るよう顎を動かして強く促した。台所で夕食の支度を終えたお手伝いに、息子には気持悪いものを持ってこさせないでと小さく小言を差すと、年上の眉間を縛ったような厳格そうな手伝いの女は何も言わず頭を下げて割烹着で濡れた手をふき、それではと家路へ帰った。4歳の幼子はこの時、蛙の卵は気持悪いのだと学習した。
路に残された馬の糞が冷えないうちに足で踏みしめると足が速くなる。荷台を引いた馬が小さくなり、目の前の路に湯気の昇る排泄を指差した。村の運動会を控えた午後年上から耳元で囁くように教えてもらった時は汚いと思った。裸足のほうがいいと付け加えられて顔を顰めると、汚れた足は川で洗えばいいさ。頬が幾筋も割れ、時折鼻水を舌で舐める瞳を覗いて、子は明日にすると答えていた。
厳格で教育も受けていた手伝いは、雇い主からの注意を守って、子守りに対して神経を使った。敷地から外へ出るなと言い聞かせ、部屋の中、家事の仕事の横で目の届く所に預かった子供を必ず置くようにしなければ、なにかあったときに言い訳はできないと考え、厳しい言葉もあえて使った。このあたりでは珍しい高い金で雇われていた。
幼子は、窓から外を眺め、庭の縁に立って、遠くへ続く路のその先を、ふた親の帰りを待つわけでなく、ただ眺めていた。