別な形

9月 18th, 2008 別な形 はコメントを受け付けていません

最初は農地を売り払った金で、新車の最上級のセダンを買ってしまおうと日産、トヨタのカタログを取り寄せてこれにしようと思っているがと相談すると、兄貴それってあんたの新しい仕事上似合わないって絶対誰もが口を揃えて非難する。やめとけ。と弟が言い放ったので、考え直した。結局、中古ならばよいだろうと3ナンバーを選んだが、弟は首を捻った。弟は子供が年子を挟んで四人の計六人の大家族を形成していて、実家の手伝いの他、隣の県で豪農の家からかなりの範囲の稲田の管理を任されていた。
川上の出戻りを祝う同窓の会を開いた友人達は、そろってあんたは変わっていないと酒の席で口を揃えた。相変わらず狡賢い感じと独りの既婚の女が口にすると、川上はぷいと腹を立て席を立った。それから幾度か宴会に誘われたが出席しなかった。幼少の頃より、人里離れた自分の家を呪うように育った。あなたは農家のお手伝いもあるのによくできると女性教師に誉められたのが忘れられず、屈折して目上に媚を売るような性格が助長され、年下の自分には何の得にならない者に対しては冷たいというより無関心だった。一浪して早稲田に合格したが、予想以上に同級生は優秀であり、自分がいかに田舎者であるかを痛い程味わったが、それを表には出さず、実家からの仕送りを増やすよう、それらしい内容の口実を都度捏造し、流行のファッションで都会の若者を気取った。時代がバブルを経験する時、人事を煙に巻いて入社を果たした大手のメーカーの東北の地方都市で躓きの種を蒔いていた。
博物館の学芸員の口も、母親があそこの学芸員が退職だからお前が資格をとれば大丈夫だと見つけてきたが、最初はこんな田舎で博物館などと地味な仕事は嫌だと思った。が、他に納得するものが見あたらず、無職でいつまでも車を走らせているわけにもいかないので、話を聴きに博物館を尋ねるとトントン拍子に話がすすみ、資格なんてここで働きながら通信で取得すればいい、地方公務員試験だけ受けてくれと、退職する館長と入れ替えで就職が決まり、これでようやく俺にも風が吹いてきたと、大袈裟な離れを実家の横に造らせた。母親は見合いの話を幾つも貰ってきたが、父親が半分以上を断った。川上は文句を言わなかった。
好きな女は何人もいたが、都度気取って大袈裟に自分を誇張するだけで、その度に呆れられて振られた。懲りなかった。風俗の店に入り浸り、これで充分と社内での酒の席で嘯いた。
あなたって中途半端に馬鹿じゃないから厄介よね。と年下の安藤に言い寄った時に言われて、その時はどういう意味かわからなかった。呑んで酔えば、陽気になり辺りを笑わすと、湖畔の商工会の年配や市や県の担当者には好感を持たれており、川上は自分を見透かすような安藤をどうにかしないと気が済まなかった。

川上がニースでランチ用のパンを買いに来た際に、この後閉館間際でいいからちょっと博物館に来れるかいと声をかけられた時は、安藤ミツコは気軽に何の用なのとさっぱり返していた。夏のイベントのことでさ。困ってるのよ。と続ける川上が町の長老らから厄介事を頼まれたというより安請け合いしたのだと判り、了解。でも三時半すぎるわよ。それまでアイちゃんと交代できないから。閉店間際に店の前に立たれるようしましだわと、少しは懲りたようねと受けていた。

イベントの相談だと思ったら、いきなりあいつはやめたほうがいいと川上は口にした。どうしてあなたにそんなことをいわれなきゃいけないのよ。と帰ろうとすると、君は健全でなきゃいけないと、強引に座らせるのだった。川上は、時々ニースの閉店間際に車が止まり、その車に乗り込む安藤を何度か目撃していた。ニースのアルバイトに、あれって誰と聞くと、ミツコさんアイジンらしいです。と、赤い頬のアルバイトのアイちゃんは、わたしから聞いたって黙っててください。とつづけて奢るからと誘ったホテルのランチをぱくぱく食べながら喋り続けた。どうやら冬期のゲレンデのボードの指導教官らしいが、隣の県に家庭があり、妻も子供もいて高校の教諭らしいというところまで聞き出した。
愛とか恋とか流石に諦めた。別の形の親しみから、言う事にしたんだ。俺が相手にもうやめてくれっていってやるよ。とそれらしい口調で添えた。安藤は、しばらく思い悩むように下を向いたまま膝に手を揃えて黙り込んだ。
足音に気づいた安藤が、あらっと川上の背中の向こうへ目をやった。安藤の表情がすうっと明るくなった。

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