廃墟

9月 15th, 2008 廃墟 はコメントを受け付けていません

二年前の冬にゲレンデのロケーションでモデルを撮影する仕事があり、この時は吹雪に悩まされて三日ホテルに閉じ込められた。帰りのロケハン車では四日も一緒に過ごしたスタッフらとの熟れたような空気から逃れるように結露した窓を開け、見上げると廃墟となった建物が目に飛び込み、寒いよ〜と文句を言うモデルやマネージャーたちの声を無視して注視していた。金村は、今回飛び込んだ仕事の自在度を聞いてすぐにこの廃墟を浮かべていた。ロケハンの時間も手に入れたので、事務所のスタッフの中村を従えて、とりあえず撮影許可を廃墟の土地の所有不動産会社から取得する前に一度現物を見てみようと車を走らせた。

金村は写真家として自立した事務所を構え、固定クライアントもあり、安定的な撮影の仕事をはじめていたが、どこかいつも、自分のしたいことはこういうことではないと綿菓子のような取り留めの無さで、ベタつくような不満を抱くようになっていた。注文どおりに動き、期待される以上の結果を出すことは、撮影という仕事の悦びではあったが、いざ現場で交錯する多数の恣意のヒエラルキーが、結局仕事を齎した素人にイニシアティブを取られ、時にはまだ子供のモデルの我侭にも付き合うことになる。金村のそうした滑稽な逆転への臨機応変な明るい対応が、クライアントからは喜ばれ、金村はなんでも注文通りやってくれると人格的な評判を得て、次の仕事に繋げていたので、ストレスは密やかに腹の中に積み上げられた。

友人の写真家が殺伐とした工場ばかりを撮影した写真集を出版し、これがどういうわけか随分売れた。金村のグラビア撮影の雑誌も評判はよかったが、写真が本来持つ目撃の強さ、ドキュメント性を高めたコンセプトで、自分らしさを示すことができないかと考え続けている間、ずっと件の廃墟が浮かんだのだった。
まだ若い頃に初めて購入した写真集も取り壊されつつある廃墟のものだったと、サービスエリアで運転を交代した途端に寝息を立てた中村をみやりながら憶い出した。

四時間程かけて現場に到着したが、廃墟となっているホテルのエントランスへつづく入り口は綱が渡されており、立ち入り禁止という立て札が置かれていた。町と町とを繋ぐ国道沿いにポツンと建つ、いかにも立地条件の悪いラブホテルだったが、その崩れ様に金村は、待ち望んだものをみつけた確信を増して抱いた。離れた国道脇に車を駐車し、サブカメラと三脚を中村に持たせ、自分は車から懐中電灯を取り出してポケットに入れた。朝暗い内に都内から走らせたので、まだ午前九時だったが、辺りはこの辺りの地形と季節のせいか濃霧に覆われており、割れた廃墟の窓の中は薄暗かった。
なんか怖いっすね。ヤバそうだったらすぐに出ましょうね。と何度も怖じ気づく中村に、今は朝だよ朝。男だろ〜と笑いを添えて従わせたが、入り口の割れたドアは固くロックされており、正面から中に入りことを諦めて建物の横に回り、叢を掻き分けてみつけた裏口の壊れたドアの下迄、廃墟となってから幾度も人の通った痕跡があるのをみつけ、金村も躊躇いが生まれた。
廃墟に差し込む光をと考えて、1Fのラウンジあたりでテストショットをして戻ればいいと考えていた。裏口は厨房に繋がっていて、業務用の冷蔵庫も、棚には食器類もまだ置かれていたが、スプレー缶の落書きもあり、近くの若者が屯する場所であるのだと知って、中村を振り返り顎で示して励ました。赤いカーペットの受付に出ると、国道を走り去る大型トラックが何台も続いている。三脚を立ててここから撮るぞと中村を促して2Fへ登る階段の先を見やった途端、金村の身体は凍り付いた。セーラー服の少女が座っている。
カメラを三脚に取り付けている中村に目玉だけ寄せて睨みつけ、少女を指差すと、中村は、はあと首を傾げてから振り返り、叫び声をあげた。

最初に駆けつけた駐在の警察官は、県警の刑事が来る迄待っていなさい。此処は廃墟だけど所有者がいるので住居侵入罪だよと諭しながら、金村の差し出した免許証と名刺を受け取った。
金村と中村は少女に近寄らずそれが死体であることを即座に理解して、機材を置いたまま廃墟から走り出ていた。車迄走り座席に座ってエンジンをかけてようやく、通報しなくちゃと金村の乾いた口が開いた。中村は声を震わせて、まじやばいっす。まじやばいっす。と2回繰り返した。二人とも身体の肉は堅く痙攣を続けていた。

遠山刑事は最近多いんだよねと、工事の現場監督のような身なりで部下を連れて近寄り、今、管理不動産に確認をとったから現場検証してるので、ちょっと時間いいですかねえと金村に頭を下げた。サイレンを鳴らして何台もパトカーが到着した時は、車内で中村とまるで犯人のような気分だと言葉少なく会話を交えるほどに緊張が解けていたが、おそらく一面記事になるんじゃないですか。という中村の一言に、暫く仕事ができないかもしれないと金村は思った。

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