最初はそんなつもりがなかったが、結局一ヶ月の間、山辺健の部屋に泊まり込んで、自分の部屋には帰らずに過ごしてしまったことは、川西透の本来的な精神の愚鈍と無邪気さが主な理由ではあったが、山辺が川西との共同生活を厭わず、むしろ彼自身の日々が川西によって刷新される喜びを選んだことも、川西の甘えを助長していた。
早く起きた方が朝飯を作ったし、あるいは買い物に出かけ、時には互いを思いやるような食材で、手料理自体を楽しみもしていた。山辺は十代から暴走族を率いて大井埠頭辺りを仕切った特攻服を今でも部屋に飾るほど、単車にかけては一筋縄ではいかない過去があったが、現在は、荷物の多いことから父親から譲り受けたというより預かっているマーキュリー・カプリで大学へ通うことが多かった。川西が中型の免許を取り、最初は川西が単車入門に選んだ原付の可愛いスポーツタイプを微笑ましく眺めていたが、突然400ccの新車に乗って峠に行こうと誘ってきた時には、山辺の仕舞っていた「走り心」に火がつき、一度は足を洗ってのんびりやるさと乗り換えていたアメリカンを再びチューンアップして、川西の先を先導するように走り始めた。
そもそも山辺のアパートメントは似たような学生が棲んでおり、互いの部屋を行き来する気楽な人間ばかりで、勿論秘め事には鍵をかけることを怠らないが、ある意味健全で奔放放埒な行動に悪意は生まれないが、それ故の鬱陶しさは互いに抱き込んでいた。
俯瞰-導入
4月 30th, 2008 俯瞰-導入 はコメントを受け付けていません