ひとりが肩に下げた無線機からノイズを漏らし白樺の脇に茂った笹を分けてから近づくのをふたりが窪みの中央で出迎えるように待った。
昨夜から早朝にかけて雪が降りあたりは薄く白い粉が敷かれていたが歩けば黒い地が簡単にあらわれた。
耕造が深く吸い込んだ煙草を指先で潰し消し足元に放り無線の電源を切ってから三郎を指差すと、三郎は立ち止まって同様に無線に手を添えた。
「あれが壮介の親父のか」
三郎が白い地面の下に弱く凹んだ足跡を顎で示しながら膝のあたりを両手で払い、背を伸ばしてから片手を拝むように立てて耕造に煙草をくれと唇の片方を曲げた。
「すぐに警察に電話すればよかったんだ」
憮然とした吐き捨てるような口調で壮介はふたりからやや離れて座り込み地面に盛り上がった白い雪の下に垣間見える赤い襦袢の端を手にした枝で持ち上げた。
北にやや上ったあたりの土砂崩れで流れ込む渓流が途切れ、別の流れが東へできたことで池が枯れ窪みとなったこの場所は、辿り来る道もなく地元の山菜採りをする住民も迷い出るには奥深い。坂本壮介の父親は村役場にその後の池の様子を見てきてくれと頼まれて来た昨日、湖底だった場所に着物姿の女の遺体をみつけた。近寄るのは気味悪く走り戻って囲炉裏に座り猟銃の手入れをしてい息子の壮介に話し、時折共に猟をする三郎と耕造にも連絡して一緒に行ってこいと半ば命令口調で背を押した。
「薬でも飲んだかもしれねえな。聡子じゃねえよな。顔見てみろ」耕造は促したが、首を振って壮介は立ち上がり、「自分でみてみろや」と、骸から離れた。
「おめえ、犯行現場は触っちゃいけねえんだぞ」三郎は耕造に向かってつぶやいてから「腐ってたか」と壮介のほうに振り返って白く丸い息を投げた。
「雪が降ったから何もわからん。顔くらい見て戻らにゃ餓鬼の使いだぞ」耕造が近寄って片膝を立てて座り俯せの女の半分は地に埋まっている頭に顔を近寄せ、「当たり」と小さく漏らした。ほんとかおいと慌てた風に近寄って耕造の肩口に頭を並べた三郎と壮介は、ほんとかと繰り返した。
女は膝を外へ曲げ片手を胸にもうひとつは裏返したまま時計の針のように真直ぐな腕の先に拳を握りしめていた。開いたままの唇からなにか吐き出していたがそのほとんどが凍っている。片足には黄色いビーチサンダルがあり、曲げたほうは外れやや離れた場所にサンダルの形の凹凸が白い雪の下にあった。聡子は壮介の同級生の出戻りで精神を病み時折唄を口ずさみながら村の道を歩いていた。名の通り以前は賢い美人で壮介も高校の頃の祭りで唇を重ねたことがあったが、後で聞けば耕造は十代の終わりから二十歳過ぎまで長いこと付き合っていた。ふいに消えるようにして東京へ行ってしまった聡子は十五年ほどしてから舞い戻り、母親が聞いた噂では結婚したが破綻したという。
三郎が背中のリュックに手を入れてワンカップを取り出してふたりに差し出し渡してから、続けて線香を掴み出し束のまま火をつけ聡子の頭の横に立てて手を合わせた。
ワンカップの半分を呑んでから「自殺にみせかけた殺人だったりしてな。村の重鎮が狂った女を勾引してとか新聞の一面にのるぜ」三郎の言葉に壮介は「かもな」と重ねた。
「第一発見者が容疑者候補」表情の消えた耕造が壮介を眺めるようにして呟いた。
車を駐車してある県道から歩いて二時間ほどの場所だったから、既に昼を過ぎていた。空は曇ったままで再び雪の降りそうな気配もあった。