girl

11月 29th, 2007 girl はコメントを受け付けていません

仕事に疲弊した人間も、小さな成功を握りしめた微笑みを口元に残す人間も、塾へ急ぐ早足の子供も、買い物の荷を重怠い幸せとして両手に抱えた老人も、やや急ぎ足で行き交う都市の角の階段に、そういう種類ではないとはっきりわかる汚れた服装の女が座り込んで頭を振っていた。指先のタバコの煙が無限を描いている。
約束までの浮いた時間を潰すために飛び込んだ喫茶店の窓から、夕暮れの赤い空と慌ただしい町並みをぼんやり眺めている時に、眺めの中で注視すべく対象として、その輪郭が際立った。
汚れていると最初は思った服装は、実は濡れているようで、雨など降ったかと一日を振り返ったが、晴天の健やかな秋の一日だけが淡く思い返されて首を傾げた。大丈夫?と冗談を含ませて近寄り肩を叩く友人が付近にいる筈で、タオルかなにかを取りにいっている。一度は自分のポケットから取り出したスケジュールを眺めて落ち着いたが、細い線のような声が聴こえたような気がして再び窓の外を見やると、矢張り女は首を振って、濡らした服の裾を片手で叩いている。よくみれば、足下に女のバッグが転がって中身が散乱している。おかしなことに通り過ぎる人間は皆、歩みを止めることなどせずに、その散乱した口紅やハンカチや財布や手帳を上手に避けて跨いで歩き去っている。
女の腕はタクシーのライトを浴びる度に、白く浮き上がった。ひどく白いなあと思った。
夕刻の約束は食事の席で行う種類のものではなかったから、軽く腹を満たしておこうと注文したサンドイッチが目の前に運ばれたが、食欲は萎えて、一片を掴んで一度かじって皿に戻していた。
首を振る女が徐々に暮れる夕闇に紛れるのを眺めながら、約束などどうでもいいと携帯を取り出して、急用ができたので本日は伺えないと他人の声で断った。
注視を促されてどのくらい時間が経ったのかわからない。唐突に女は足下のバッグを取り上げて、散らかった物を拾い上げ、突然の事故で転んだ行き交う人間の仕草で腰を伸ばして立ち上がり、傘を広げて何もなかったように足早に歩きはじめた。西の空は既に闇に消え、ネオンを反射する低い雲から再び小雨が降り出したようだった。

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