5月 7th, 2011 炎 はコメントを受け付けていません

「最近やたら眠気が早々と落ちる」
 独り言のように呟いて風呂に入ると立ち上がった川本はそのまま戻ってこない。山岡は、それを気にするでもなくこの時ばかりと時間をかけて削り尖らせた枝に肉の塊を差し込み、炙って焼き上がったところへチーズをのせ坂上に渡してから、手の甲に垂れた汁を妙に赤い舌で舐めとりグラスを呷った。

 炎の中で枝が小さくはじけた後、昼間は聴こえることのない、ここからは離れているはずのせせらぎの音が冷気を纏い落葉を震わせ弱く地面を這って来る。坂上は受け取った枝付き肉を持ったまま襟を立てた。十五年か。

「面皰面の中坊がいつの間にか、腕に血管を浮き上がらせて所帯を持っちまう時間だ」

 山岡は応じてから、空になったグラスに氷とウヰスキーをたっぷり注ぎ、指の先でかき回してから喉元に音をたてて大きく流し込み、お前弱くなったか。足元の枝を折りながら焚火の中に並べるように置いた。坂上は懐から自分のナイフを取り出して、脇のバケットを手の中で起用に刻み分け、溶けかかったチーズの絡んだ肉を挟むようにして枝から抜き取り口に運びゆっくり顎を動かして俺もウヰスキーにしようかな。山岡の瓶を指差し、切り分けたバケットを山岡へ放リ投げた。

 「この季節に落着くまで随分かかったな。夏は酷かった」
 「人様の庭だぜ。プライバシーの侵害だよ」
 「年々地味になるのに、回数は増えてるよな」
 「まあ、お前らの避難所のようなものだ」
 「牡蠣喰おうか」

 山岡は立ち上がって母屋のキチンへ歩いていく。坂上は、寝るなよと声をかけようとしたが、寝てもいいかと黙ったまま山岡の足もとを見送った。しゃりしゃりと落ち葉を踏みゆく音が、アルコールで溶けた脳みそに細かい氷を注ぐように染みて心地いい。山岡の座っていた脇の瓶に手を伸ばし、グラスを炎に翳して酒を注ぎ、氷を持ってこいと今度は声に出してみたが、やつに聴こえない小さな声だった。

 焚火をやろうと集まった人間は八人いた。中には女性も含まれ皆が未婚だったので、最初は女を囲んだ恋愛ゲーム地味たハシャギを引きずる青い下世話さもあり、どこにでもある同好会のようなものだったが、それぞれは大学の同窓というわけではなく、仕事をはじめてから石を投げて偶然当てた程度に知り合った者同士だった。そもそものはじまりを酒の肴にすることが幾度かあったけれども、皆が違うことを言い張って、最後は違ってよろしい。皆がどういうわけかむしろはじまりを喪失したがった。近郊や近県のキャンプ場に現地集合する場当たり的なシーズンを幾度か過ごしてから、仕事の都合や所帯を持つ人間もいて、三年目には三人がいなくなり、六年目に一人が病いで逝ってから、残りの四人の、消えた人間を弔うような集いとなりそれが二年続いた。次の年には一人が随分遠い西へ転勤となり、丁度重なった坂上の引越によって、焚火の会も、この時から坂上のコテージの庭で行われるようになった。川本は十年目に所帯を持ったが、先の離脱組のように、すぐに子どもが生まれるようなことはなかったからか、声をかければいくよと車を走らせて来るが、新妻が同行したのは最初の年だけで、以降すっかり青年臭さは消えて大人しくなった。山岡は所帯を持つとああなると揶揄した。離脱組や西からの便りは細々と坂上に届くので、転送などせずに焚火の前でそれを坂上は読んだ。

 坂上はここに越してきてから昼間の落葉焼きを除き、独りで陽が暮れてから焚火をすることなどなかった。連中から連絡があるまで、毎年続けているこうした集いすら忘れていることもある。越したばかりは、こりゃあ抜群だと、ふたりに背を叩かれて喜ばれ、その年は、断っても構わず車を飛ばして来るので、追い返すわけにもいかず、三人で幾度か月に一度の頻度で焚火を囲み、やはり十月だと、ようやく会のシーズンが決めたのだった。

 「こいつベッドの上で瞼を開けてたぜ」

 皿の上に牡蠣を並べた山岡の後ろに、喰うなら出てこいっていわれちまった。と檸檬を握った手を揚げ、目許に赤い照り返しを受けた川本が落葉を踏んで炎に歩み寄った。

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