すぐにそのシルエットが人だとわかった。レンズのせいでほぼ全体を占める遠景はぼんやりとボケているが明るい。もしかするとこの人は、窓のある部屋の、陽射しの届かない場所で蠢いている。右側の髪の毛に触れる指先と眉間あたりが見えた。
そのシルエットが画面から消えても、なにか小さな音が聴こえたので、必ず再び顕われると思った。画面を支えるカメラは固定されているが、時々遠景のボケが歪む。オートフォーカスのセンサーが、虫かなにかを捉えたのだろうか。でも、新しく見えてくるものはない。恣意なのか盗撮なのか撮影ミスなのか判別しかねる。
ふいに男の横顔が画面を横切ってから戻り、画面左奥を斜めにみつめるような姿勢で挙動が小さくなり、暫くそのまま静止したようだったけれども、左の目元の睫毛から頬骨、やや突き出たような唇が見えるだけで、顔の表情はわからない。やがて下顎が小さく動いていることに気づいた。音は聴こえないが、誰かにむかって話をはじめたと、最初は思った。そして、そのまま60分以上画面は変わらなかった。デジタルカセットには、タイトルはない。
二本目には、「137890213459」とペンで書かれたシールが貼られていて、酷く汚れていたが、データにはノイズのない景色が、これも固定アングルで映し出された。暫く眺めてから、どこか部屋の窓からだろうか外へ向かってレンズを向け、望遠で垣根の一部を捉えていた。その向こう側を横切る、拡大された車やバイクの一部分、あるいは歩みさる人間の足元などがさっと過ぎ去ることで理解したが、それにしてもローアングルだ。音のデータは欠損しているのか無音のまま、これも同じ景色が50分続き、その後唐突に、カットが切り替わり、斜めにフローリングの床を10分間固定で映した。その6分30秒のタイミングで、一度だけ、右上に白い素足が見えたが、ほんの2秒ほどで消えた。ただ、その素足は濡れており、フローリングの床にもその痕跡があって、残り3分ほどは画面右隅に視線を奪われた。
3本目には、カセットに直に「shadow」と油性マジックで、タイトルだろうか書かれていた。
shadow
3月 24th, 2010 shadow はコメントを受け付けていません