意識

10月 15th, 2009 意識 はコメントを受け付けていません

 ATMの前に並ぶ中年女性のでっぷりと張りつめた尻を眺めて、肩に近寄り、昨日は獣を抱いたよ。男は呟きたくなったが、化粧の香りに顔を背けた。

 猪を罠で仕留めたのはこれで十匹は越えたか。斜面対して垂直に掘った穴に落ちたというよりも、逃げ込んだような小さい獣の額を二三度尖らせた鉄棒で突き刺し、四肢を痙攣させたまま引きずり出してから、矢庭に獣の肛門へ指を差し入れ自分の陰茎を突き刺し数分で果てた。土砂降りの中、獣の歯茎から吐き垂れた白い泡は自分のものだと思った。俺は仁王のような顔をしている。はじめてのことだった。衝動の在処を探すことをやめて、獣の糞に塗れた性器を打ちつける雨で洗っていた。まだ、朝だった。

 都内のマンションを車と一緒に売り払い、口座も移し、移転先は広島の生まれそだった町の隣にアパートを借りて住民票はそこへ移した。以前から国有林と私有地が深い山襞に隠れる場所を調べ何度か登山者の格好で実際に歩き、ほぼ2年かけてから場所を決定し山小屋をつくりを始めた。最初は富士の裾野の樹海にでも小屋をつくろうと考えたが、生きていないものを含めた雑多の訪問者が多いだろうからとやめた。

 ブナの原生林まで歩いて、折れた樹木を探し、ひとつを抱えて小屋に戻り、樹木を削り球体を掘り出す日々を始めた。月に何度かは、山を下り温泉宿で身体を洗って着替え、バスの走る県道まで歩いてから町に出て、金を下ろし買い物をした。蕎麦屋にも入ったが、旅行者でないと気づかれる前に、同じ暖簾をくぐることをやめた。知られたくなかった。小さな駅の公衆トイレで財布から免許証を取り出してから、丁度昨日が自身の65歳の誕生日と知った。免許証を買ったばかりの鋏で細かく切り刻みトイレに流した。この時まで離さずにいた小さなラジオも不燃物のゴミ箱に投げ入れた。

 町から小屋に戻るまで半日を要した。2ヶ月目で腹を下し、数日寝たままでもう駄目かと思ったが、身体の余計なものが絞り出されたような軽快さと飢えですっと立ち上がり、獣をとらえる罠をこしらえはじめた。4ヶ月経過した時、小屋から見下ろせる沢に人の歩く姿をみつけ、即座に数日掛かって小屋を解体し、更に奥へ移動してまた粗末な小屋をつくりはじめていた。半年後、町へ下りる理由がなくなっていた。

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