カーディガン

9月 13th, 2009 カーディガン はコメントを受け付けていません

朝は粉雪が吹き付ける中、路面の雪を蹴りながら、手のひらに雪玉をこさえながら登校した。
トラックのチェーンの音も真綿を巻いたように柔らかく通り過ぎた。
昼前には雪がやみ、午後から日差しが真直ぐに落ちて、路面の雪を溶かしところどころ黒い穴をあけていた。
緩やかに傾斜する帰り道、タイヤの間に残った積雪の固まった部分を歩きながら、時々足に体重を乗せて滑らせ、陽光と吹き出す汗で身体が重くなり、ジャンバーのチャックをあけ、中に重ね着していたカーディガンを脱ぎ、片手に持ったまま、助走をつけて滑ると、徐々に滑る距離が増えた。

家が見える頃になってようやく、手に持ったカーディガンが崩れ、溶けたタイヤ跡の地を這って濡れひどく汚れているのに気づいた。このカーディガンは、母親が、今朝のような寒い日の為にと胸にイニシャルを入れて編み上げてくれたものだった。
わたしはあの時、母親にごめんなさい汚してしまったと言う勇気がなかった。
汚れたカーディガンを庭の隅にある道具小屋の奥に押し込み、母親には、晴れて暖かくなったから脱いで、学校に置いてきてしまったと嘘を言った。

中林は、窓の外に瞳を甘く濁したように視線を固定させたまま、独り言のように話し続けたが、ふいに、
「あなたなら母親に素直に謝ることができますか?」
「私たち子供はきっと皆嘘をついた。おなじように嘘をつくしかなかった。そういう時代だった」
「そういう親だった」
瞳孔を動かしてこちらをまっすぐにみつめるのだった。

母親は数日後物置から汚れたカーディガンを見つけた。なにも言わなかった。丁寧に洗って干し、畳んでしまったようだった。その仕草にこちらが気づいても知らぬ振りをしていた。
嘘が認められたと理解したのではなく、罪を背負わされたのだと思った。
以降、何かヘマをする度に、母親は溜息をついて暗い表情を隠さなかった。カーディガンの罪が都度蘇るようだった。いっそお仕置きをしてもらったほうがよかった。

「還暦を超えて五年になります」 年齢を聞くと、自ら犯した罪等忘れたような平常心溢れる声で、中林晴彦は即答した。

2009年1月 7日 04:41

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