夜の道

9月 13th, 2009 夜の道 はコメントを受け付けていません

人気の無い交差点で車を止めるとカーラジオがノイズを拾った。数時間の運転で車内は若干結露し、ウインドウの四隅が曇っているのでシートベルトを緩めて左手首の袖を指先に包んで拭うと、痕跡が信号の光を屈折させるので、先ほどより喧しい視野になってしまった。この交差点の信号の時差は随分長いなと感じ始めた時、誰もいないと思った筈の歩道に背を丸めた女が立っている。俯きながらゆっくり同じ場所を回るようにサンダルの踵を時折アスファルトに打ちつけるような仕草で、両手はポケットに垂直に突っ込まれ、気づけば、田園の広がる人家の灯りも遠い場所で、国道から逸れた脇道であったので、こんな時間に家を飛び出した癇癪持ちの嫁が、憤りを収めきれずにいると思った。

海沿いを走る頃は、夕陽の残照を眩しく受け止めていたが、内陸へ向かい始めるとすぐに濃霧となり暗くなった。電源も持たず一泊の出張だったが取引先とのやり取りで携帯のバッテリーは切れ、公衆電話を探して家族に帰宅の遅れを連絡することもせずに、深夜寝静まった家のドアを音を殺して開ける自分の姿勢などを思い浮かべた。県境を超えるとラジオの電波が途切れ、チューニングを直したが地形の関係だろう、流れる曲やパーソナリティーの声も途切れがちとなり、ラジオを切ると途端に物寂しくなり腹も減った。コンビニの灯りをみつけて車を寄せ、菓子パンと缶コーヒーを買って座席で簡単な夕食を済ませ、高速に乗ろうかと一度は考えたが、どうせ夜中になるのだからと呑気に下の道を行くことに決めた。

海に行くならお土産は貝殻でいいよと手を振った子の声を憶い出し、言い訳を並べたががっかりする娘の表情ばかり克明に浮かぶので、次の連休には海へ連れて行こうと再びつけたカーラジオから流れる曲に合わせて呟いていた。

信号が青になったので、ヘッドライトを点けギアをローに入れクラッチを踏み込んでアクセルを弱く踏み込むと、交差点左手の歩道の先の女の俯いていた顔がこちらに向けられた。ライトに照らし出されると、女の挙動は停止し、前のめりに前髪を右手でかき分け車の移動に合わせた睨みつけるような視線が、道に飛び出した鹿のような動物めいたひたむきな輝きをともなって弓矢のように届いた。その強さにこちらも縛られるように首を左へ回転させたが、衝動的な反射でアクセルを踏み込み、左手の指先で瞼を押さえてから、ラジオをつけた。フロントミラーに、真直ぐこちらへ走る女の姿が見えると背筋から両腕に鳥肌が走り、大きく息を吸い込んでから、車を脇へ寄せて停車させ、女を待った。

2009年5月 5日 08:31

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