「向こうの六彦がバスケの試合が終わったとかでそこを走ってきた。やあじいさん元気かと肩で息をはあはあさせて座り込んで、疲れた〜といいやがる。ここでたらふく水を飲みやがってえへへと笑ってまた走ってった。あいつは高校か中学生か」
三郎は半ば独り言のように呟きながら六彦が口をつけて喉まで水を垂らしながらむしゃぶりついた蛇口のある外の流しで汚れた両手を手首までゆっくりと洗い、首に廻した手ぬぐいで拭ってから腰にぶら下げ、胸のポケットから煙草を取り出し火を点けてから椅子代わりに使っている切り株に腰を下ろした。
庭先に筵を広げて座り込み、食事の足しにと自分たちの畑で細々と栽培している枝豆を枝から鋏で取り分けながら、明子はもう高校だよと答えてから、
「ああいう若いもんが疲れたっていうのはなんだか気持が良いけど、いい大人が疲れた疲れたっていうのを聞くと、こっちまで疲れちまうね」
明子もまた独り言のように俯いて鋏を動かしながら、漂ってきた煙を吸い込んだ。
三郎は何も答えず目元がぼんやりするまで煙草を長くふかし、いい大人ってのは、あいつしかいない。家の前から続く路の先を眺めながら思った。たしかに六彦の疲労はすぐに快復する健気さに満ちているが、あいつが繰り返すツカレタは、まるで病気か怪我の病人が治らない痛みを、地獄の底で延々と痛い痛いと云っているようなものだと、顎を向けて明子の背中をみつめた。
「そうだなこっちまで痛くなってくる」
疲れてるんじゃなくて憑かれてるんだわ。と胸の内に言葉を棄てた。
2009年6月 9日 11:33