未来の廃墟

7月 21st, 2009 未来の廃墟 はコメントを受け付けていません

 外回りの営業から社へ戻る途中の橋を渡り終えた歩道で、荷押し車に豆腐の文字が染められた旗を立てラッパを吹く青年が、店の名前の入った羽織姿で売り歩きをしている。依田は確か店は築地にあり、遠く歩いてラッパを吹き販売していることを知っていた。新宿の自宅マンションで妻や娘が時々音を聞きつけ買っている。脇に「未来の廃墟」と書かれたものをぶら下げているので、 なんだろうと声をかけると、お客に豆腐を渡し終えてから頭を掻き、
「これは店には内緒なんです。自作の詩と写真でつくったものでして」
 渡された¥800のシールが小さく貼ってある冊子を捲ると、写真プリントと手書きの記述で十数ページが構成されている。前文に記されたものを読み、依田は財布から千円札を出して釣りはいいよと購入してから、慌ててこれもと笑って豆腐を一丁買った。すまなそうに頭を掻きながら青年は、ありがとうございます。丁寧に頭を下げた。
 客が頂戴といって数人集まってきたので、それ以上尋ねることをやめて社に戻り、ページを捲った。

ーこれは未来が廃墟であればいいなと祈りながらつくりました。
 私は現在東京都内で豆腐の売り歩きをしています関係で、ほうぼうをラッパを吹いて歩き眺めるうちに、時折コンパクトカメラで撮影をするようになりました。もともとは上司から顧客の多い場所を撮影して新人に教えるためにはじめたものでした。時々勝手にシャッターを押し、未来がガラスとステンレスとコンクリートで覆われながら、その隙間にはぺんぺん草の生える廃墟のような未来になって欲しいと思うようになり、そんな場所ばかり撮影したものをまとめてみました。したがって「未来の廃墟」というわけです。
 廃墟は、荒廃し放棄され人の去った空間ですが、空白の空間が残されたままの未来世界であるならば、私はおいしい豆腐を歩き売ることを続けられそうな気がしています。
写真家・豆腐販売・詩人 諸星彰 (Akira MOROBOSHI) ー

 続くページには、取り壊された空き地や、解体されたビル、放置された荒れ地などの写真プリントが貼られ、各プリントの下には、地名と撮影年月日に加えて、短く「空間の奥行きと壁の罅割れ」「決して刈り取られない草地」などと、プリント毎にその光景のポイントを説明記述してあり、これも手書きで記されている。万年筆の小さな文字だった。雨に濡れた街角や、冬空のものもあり、数年に渡った記録だった。
 依田は、ページを捲りながら、バブル手前あたりの生まれか。お前の生まれはどこだ。まだ若い青年の顔つきを想いだそうとしたが、口元のラッパばかりが浮かんだ。社員は全て帰宅したがらんとしたオフィスで、豆腐に醤油をかけ、箸でつまみながら、けっ。ふざけた餓鬼だと呟いてまた冊子を捲り、自称三つの肩書きを持つ若い男に対して徐々に羨望が膨れ、箸を銜え両足をデスクに放り上げ、周囲を見回してネクタイを緩めた。

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