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放時春

春宵を 知らず生涯 農に生く 愛知の人の句が聞こえた。

枝脈層

 枝を見上げて、いわば固有な文脈の走りの様相を把握するようなその眺めに溜め息をついている。  植生の枝振りとは、光を求める単純な「かたち」だが、その自由がかたちに溢れており、時に唐突に切断されている。
枝払移

枝払移

逃走考

竹ノ内から電話があり、水道の水は飲むなと指摘され、そこに特に海沿いは遮蔽物がないからやばいので逃げた方がよいと彼はつけ加えた。 仮に炉心溶融が起きれば、勿論北半球に影響はでるが、160マイル(254キロ)以内の都内は駄目だろうと。こちらもそんな気がしていた。蓄積値はメディアでは指摘されていないし、事実、放射線被爆の詳細はまだ明らかにされていないことが多い。現場で働く下請けの人々も酷い格好で時給30 […]
明視形

明視形

Guitar Heroes / NY Metoropolitan Museum My Room in the Trees / Innocence Mission CD for cover Yael Naim / Yael Naim CD for cover

流超季

 撮影の後で大正年まれの壮健な画家である田中先生に夕食を一緒にいかがですかと丁寧に誘われたが、行った事もないボリビアの山岳のような眺めの作業がオフィスに残っている。有り難いけれどもと連れの生方、加覧両先生方にもすみませんお先に失礼させていただきます。頭を下げた。土産まで頂いた上りの常磐線で、下り時には眠気が差して瞼を閉じていた車窓の景色を、夕刻の時刻の日差しとこの季節の萌え色と、乳母車の父親似だろ […]

探追譚

 道具には、使われてはじめて体感しながらカラダと心に届く形の根拠というものがあり、また、長く使われて現れる実感としての形というものもある。 手の握り型を丁寧にトレースしたプラスチックの道具のグリップなども、ほんの少しサイズがフィットしていなければ、無用邪魔な意匠となる。そういう頓珍漢な計画だけはしまいと戒め心がけるのだが。

車想速

 日頃車を乗り回すわけではないが、一昔前の代車の120キロで不安が擡げる足下のおぼつかないようなサスペンションで高速を、軽井沢まで往復し、なんとなく車の流れ自体が、平常よりも速いなと感じていた。  高速ではなく国道や県道だけを使って、東京から長野を幾度往復したか知れない。眠気に誘われた夜もありテールトゥノーズであおられたトラックと競い合ったこともあり運転の実感を棄てて甘い恋愛を転がした時間もある。 […]

見検験

あれこれ経緯があり、Nikon Binoculars 8×21 CF,Binoculars 8~16×40 Zoom を、思いがけないタイミングで使うことができるようになり、望遠レンズという経験値と、見ることが、これまでのこちらの撮影から切り離されたみつめとなって実に面白い。ファインダーを覗くことが、シャッターと連動されているカメラと違って、バードウォッチングや野球観戦、オペラ […]

暮彼岸

残された妻はまだ健在だが実質的には主となった従兄弟がしきって彼岸の日に一周忌が行われるので、兄妹の最後の生き残りであるこちらの父親を車で雨の中送り届ける。 帰りは、従兄弟の娘たちが、こちらの父親を自宅まで送ってくれた。 割烹のようなところで坊主も一緒に直会(なおらい)にて豪勢な馳走を頂いたと、食べきれなかったものを包んで持ち帰った。 母親が直会と呼んだが、父親は、寺の関係はそうは言わないと指摘した […]

壊能復

 「壊れ」の前には完全な完成体であったのかと考えれば、それぞれはぞれぞれの文脈においてさまざまに破綻していたと考える。では、修復によって、「元どおり」に再現するのかと加えれば、別の次元を創出する以外はない。  壊れたプラモデルを元通りに直すことは、そもそもしなかったと自分の幼い頃を憶いだす。修復という局面は多岐に渡ってあるけれども、それはどれもどこかで修復しきれないセンチメンタルを内包する緩さに於 […]
広夥災

広夥災

どこをどう示せばこの自然災害の全体と把握できるのか。帯のように並んだ震源が縦長の太い津波を誘発し結果多様な崩壊を招いた。これまではそれでも地域限定的であったから、この国の半分の距離に渡る被災の、それこそ報道で繰り返される「壊滅的」な様相は分散多岐に渡り、日々被災者、行方不明者、亡くなった方の数は増え続けている。どこからどう救済救助救援したらいいのか。世界的にみても、数字的にみても、歴史に刻まれる大 […]