血糞譚
金曜日の夜自分で服を捲り上げ膨れた腹をほらとみせていた父親は、東京から戻った土曜日の夜中にはベッドで寝入っていたが、どうも様子がおかしいと家族でひそひそ話し込んだ。翌朝に血便を垂らし、慌てた母親が病院へ駆け込み、担当の医師が父親の肛門に指をいれると指先が血で赤く染まったという。母親は終日緊急治療室の狭いベッドで付き添い、夜半から妹が朝まで隣のベッドで眠り、早朝義弟の車で送ってもらった母親と交代。月 […]
静寒音
片付けに追われベッドにもぐったのは午前2時を過ぎていた。マッカーシーの続きは3pほどだったか。枕元の灯りを点けたまま8時間も熟睡していた。ベッドから降ろした素足が床にひんやりと冷たく片手で覗くようにカーテンを九の字に分けて窓の外を見ると霧にむせた雨が降っている。インスタントの珈琲を左手で持ったまま移動して飲みつつ右手で洗濯機に洗いものを放り投げ暖房をつけるのをやめ風呂を沸かす。
地膝浮
三本松のコメリで手斧を買ってから、握りに張り付いたシールを紙ヤスリで剥がしながら、その鬱陶しい時間のおかげで、そういえばアライから20年前に貰ったものがあったと憶いだす。どこかに仕舞ってある。
雨走針
昼間の仕事を引きずって夜中まで沼の底を探るのは、森の中では理不尽不毛であるとカラダでわかってきた。友人がくれば朝の4時まで酒は呑むが、平常11時になれば健やかな眠気も降りるようになった。 4時に目覚め、6時まで 下に降りてカウチに横になってagent 6 上を読み終えてから朝風呂に入り、下を貸してくれとメールをしてから、気づけば小雨の中パーカーを目深に被り走り出していた。
回場気
一回り歳の違う三十代の杜甫と四十代の李白は会って酒を呑んだ。「はなしの判る人間との惜別を惜しむ」酒の席が、李白の詩に残っている。彼らはそれ以降会っていない。なぜか車の中で父親に話しかけていた。内心五十代が八十代の人間に、この21世紀に於いて8世紀の話しをしている。ハンドルを回す隙間に、考えるでもなくやや健やかに思ったものだ。
髭白湯
新たな環境を生きる為の最後の必須アイテムである車を購入成約する。東北の震災の影響で納車が二ヶ月近く遅れると聞いた時には、どうしようか迷ったが、いろいろと考えて決めた車体だったので、構わないと頷いていた。
窓父車
当時の医療技術のせいか深く刻まれてた、時には自慢していた若いころの腸閉塞手術痕を避けず、真っ直ぐ同じ箇所を縦に切り開かれた腹の傷を気にして、促す看護士や家族の言葉を、父親はまだ嫌だと振り払い、風呂は勿論シャワーも浴びずに、時々妻と娘の手を使い蒸したタオルで身体を拭かせるだけだったが、流石にいい加減にシャワーくらい浴びろとこちらも朝から詰め寄り、休日の担当の看護士の方もかなり強い口調で促すというより […]