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1月 22, 2016 • Comments Closed
宛ら木霊(エコー)に聴耳を立てる姿勢が続いておりそこにはこれまでの独り言も大いに加わっているので揮いにかけてから手元の小さな視界へ折り畳むようなことに明け暮れる。
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12月 3, 2015 • Comments Closed
90年代初頭から半ばまで世界の公共彫刻の資料を図書館で漁り調べながら、911で World Trade Center Plazaの作品は消滅した(と思う)が、James Rosati (1911~1988)のモニュメンタルな野外設置彫刻作品に傾倒し、緻密な「崩れ」の設計を、自身の学びに大いに取り入れた。Richard Serra (1939~)やFrank Stella (1936~)には、80 […]
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11月 26, 2015 • Comments Closed
実際にその場その時に対峙しなければ皆目見当がつかないなりに準備はほぼできあがった。故に現時点で働く想像力は「その時」とは大きくずれたものにすぎない。こうしたことを弁えること自体が制作に投入されており、つまりこうしたズレを測る試みに没頭しているようなものだ。 時間の移ろいを加えれば、ほんの一ヶ月であっても変異している眺めの質からの枝行きにも同じことがいえる。 反復のない反復という苦し紛れのメソッ […]
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9月 1, 2015 • Comments Closed
先がみえない長い串に刺さった団子はひとつづつ順番にしか喰えない。その愚鈍で併し喰うわけだった。辿り着いた大型の団子をよく見てみれば、思った以上に喰い甲斐がある。 簡単には手に出来ない「古木」という肌合いが色めき立つようだった。若干ナメていたこともある。成程「超現実」は妄想をいくらでもひっくり返す。部屋に置いたフィカス・バーガンディの存在の力にひとつもふたつもみっつ以上任せることに腹を決め、馴染 […]
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6月 17, 2013 • Comments Closed
隣に住んでいた少年が小さな私にゴム駆動で動く木の船をこしらえてくれて浅川で一緒に水面に浮かべたことを憶えている。ゴム駆動で回る小さな板が素晴らしい力に眺められた。
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6月 16, 2013 • Comments Closed
ヒーリングという辿り着き方が朝方あり、幾度か胸を撫で下ろすように溜息をついた。
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6月 4, 2013 • Comments Closed
昨年も同じ事を想ったと憶いだしながら随分鳴き始めるのが早いなと早朝窓外の蜩の声を聴く。
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4月 28, 2013 • Comments Closed
朝方の雪や雹には呆れるけれども気持ちは急いて燃料効率で閉め切っていた扉を全て外す。
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4月 17, 2013 • Comments Closed
観念を彷徨わせる稚拙な骨組みを危うげに手元に集めるような作業は繰り返すことで歓びともなる。まだ朧なので明快になるまで諄い探りをと。