自力癒
細い食による栄養失調から血漿蛋白が不足しアルブミンの濃度に影響する膠質浸透圧の弱体化によって腹水が増加し内蔵を圧迫する悪循環と考えたが、怖れるのは腹膜播種だからその線はどうなのかと担当医師に坦懐に尋ねると、勿論そういった全体を俯瞰した治癒検診を行っていますとCTやMRIの画像を示されつつ丁寧な説明をいただいた。数値的には父親の軀は美しい。
胸深森
走りのコースを拡張しようとバイクでこの別荘地のすべての路を走ると開発からの積年のカタチが未だ知らなかった起伏の奥に様々に現れ、川上という地名の北側は高坂という地名となって路地の名称も異なった広がりがある。
時昆虫
爬虫類でもいい。ジェノサイドが時代の特殊な倫理によって生活の流れで繰り返される光景を延々と描写するマッカーシーをベッドで捲り、然し彼の描写の微細な、あるいはプルーストを越えるこだわりを見せる長文のおそらくネイティブな英文音韻に刻まれる語り部の口調の、淡々とした果てのないような時間の継続というスクリプトは、こちらの決して与り知ることのできない昆虫の判断、決心、衝動のようだと、眠りを誘う予定の朝方の横 […]
高空下
2キロ増えたわよと母親は父親の食事による変化がそれでもあると独り納得するように呟いた。金曜日に腹水を2リットルとり、ということは肝臓かと素人の息子は肝硬変を疑った。来週の火曜日に再びCTなどの検査を行う。お前が二度ほどそのあたりをうろうろしていた。と夢なのか金縛りにでもあったか、病室のベッドの中の幻影を指をさして面白そうに話す父親は、一週間前の再入院の時と比べて、やや正気の淵へ躯を預けたようではあ […]
懸念子
実は、ぱらぱらと種を播くときのように、問題部位から、癌細胞が周囲にまき散らされて起こる腹膜播種転移からのアルブミン低下、腹水増化により内蔵が圧迫されたのではないか。 妹とふたりで病院の、単なる数値から判断した栄養不足と記載されたものを睨んで、時間の経過を危ぶんだ。
血糞譚
金曜日の夜自分で服を捲り上げ膨れた腹をほらとみせていた父親は、東京から戻った土曜日の夜中にはベッドで寝入っていたが、どうも様子がおかしいと家族でひそひそ話し込んだ。翌朝に血便を垂らし、慌てた母親が病院へ駆け込み、担当の医師が父親の肛門に指をいれると指先が血で赤く染まったという。母親は終日緊急治療室の狭いベッドで付き添い、夜半から妹が朝まで隣のベッドで眠り、早朝義弟の車で送ってもらった母親と交代。月 […]
窓父車
当時の医療技術のせいか深く刻まれてた、時には自慢していた若いころの腸閉塞手術痕を避けず、真っ直ぐ同じ箇所を縦に切り開かれた腹の傷を気にして、促す看護士や家族の言葉を、父親はまだ嫌だと振り払い、風呂は勿論シャワーも浴びずに、時々妻と娘の手を使い蒸したタオルで身体を拭かせるだけだったが、流石にいい加減にシャワーくらい浴びろとこちらも朝から詰め寄り、休日の担当の看護士の方もかなり強い口調で促すというより […]
声月下
0911 2011 from baeikakkei / T.M on Vimeo.