2キロ増えたわよと母親は父親の食事による変化がそれでもあると独り納得するように呟いた。金曜日に腹水を2リットルとり、ということは肝臓かと素人の息子は肝硬変を疑った。来週の火曜日に再びCTなどの検査を行う。お前が二度ほどそのあたりをうろうろしていた。と夢なのか金縛りにでもあったか、病室のベッドの中の幻影を指をさして面白そうに話す父親は、一週間前の再入院の時と比べて、やや正気の淵へ躯を預けたようではあったが、眠りの床でもある病院病室の呻きの籠る相部屋では、どちらが正気の彼岸か見極めもむつかしいだろう。
検査入院であって重篤な付き添いを必要としているわけではないからと言いくるめて、母親を乗せて病院から連れ戻し、一緒に焼魚の昼飯を摂り、再び放り出しそうな気配の家事を手伝い、今後は実家の家人は持ち上げることができない玄米30キロを車で運んで精米に行き、長く拝借使用させてもらった父親の車の洗車、点検に行き、寒い冬を予感して日本間の暖房設備にと電機店にオイルヒーターを見に行くなどして、日曜日の昼間は過ぎた。
こちらも人ごとではない物忘れが酷くなり、考えることの多さのせいだと決めつけたが、昨晩はガレージの脇に、さきほどは実家の階段に、財布と携帯を入れたポシェットを置き忘れ、昨晩は4時間以上も家の中を探しまわり、あっと声を出してバイクのシートをかけた瞬間がふいに憶いだされ、外に放置して冷たく湿気ったものをほっとして取り戻していた。
フロントガラス越しに見上げて、隣の母親も草臥れた様子で口数が減ると、眠気が降りてきて、こんな空の高い季節の下では眠り自体が小さな箱に折り畳まれてしまいそうで怖いなと弱く鳥肌が立ち、そのせいか知らないが眠気は去った。夕方になり母親は夕飯の催促はせずに疲れたから少し眠るるわと玄関でこちらを見送った。