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併置論平面

併置論平面

現時点矛盾 >>  昼すぎにうとうとしてカラダが冷えたので風呂に入っていると納が母上のこしらえたばかりの美味しいパンを持ってきてくれたので珈琲を入れていただき、大相撲の話などする。夕方には制作をするので食べきれなかったチョコの残りを渡して帰ってもらい、グリーンピースを入れた飯を炊く。ようやく作業過程の展けた平面にとりかかる。はじめてみると水分の乾燥を待たねば次に展開できない愚鈍すぎる遅々とした作業 […]
梢群割板

梢群割板

 叔母の手作りの沢庵が旨くて三本喰ってしまい腹に悪いかと控える。白湯に入れてなど。  世界素材の導きに手元を照らされなにも考えずに組み立てると、記憶が解かれて濁流となる。
天象魂振り

天象魂振り

”澄んだ天象が距離を捨て去り此処と彼処が入れ替わった季節も春の風の魂振りで正気をもどしたようだった” ”ちふみ”の組み立ての横に、”魂振り”の組み立てをはじめる。障子紙でこしらえた凧つくりをふいに憶いだす。あれは父親が教えてくれたのだろうか?新聞紙の尾を伸ばせと言われたことだけは憶えている。 暴虐から礼節の次 >> それはともかく、>> ”カシオペアを探しながら契約の抽象がふたご座と同形であったと […]
雁皮合点

雁皮合点

 作業が直情的になっていると抑制の距離をもって離れ、刃を外して鉋を調整し、そのままの心地で組み立てて樹皮を削ると、雁皮を使えば良いとふいに理解が降りた。まだ瑞々しさのある湿った樹木の肌合いのようなものがこちらに浸透し促したようだ。繊細な紙質である雁皮紙は銅版画の描写の幅を広げる効果があるので同時擦り込みで使ったことがあるが、おそらく木肌自体へもその繊細が元に戻る傾向をしてよろしい効果が期待できる。 […]
水海雨音

水海雨音

 「みずうみのうえへ」と横書きを、「あめのおりるおとの」と縦書きを添えることについて長い時間考え込む。
相撲併行

相撲併行

 大相撲一月場所を眺めながら、こちらの作業は力士たちの取り組みの横で行っていたなと千秋楽を迎える手前で一旦作業で散らかったリビングを片付け掃除する。事を終了したわけではなく、一月場所の追求を、内省とは異なった態度で行うためには、削ったり研いたりの作業へ寄り戻る散らかりの空間を消し去る必要がある。
逃小聡明

逃小聡明

 汚れや雑菌を落とすのではなく火照った手首を冷水で洗い流して清潔の位置に戻ると、股ぐらの反復展開はそのスケールにいつのまにか惹き込まれて小聡明(あざと)くなっていくことに気づく。ささやかに複雑と繊細をと試したつもりの邪気が当初の見切りを浸食するかに汚してしまうわけだ。眺めの把握の位置を正す為に冷水の手首の引き締まりが必要でありガリバーと蟻の目玉が同居した端座の反復へ。 walking tree 枝 […]
端的壁置

端的壁置

 より端的に単純化させる展開「併置」として、床から壁面へと1/3ほどの仕事を移行させると、なるほど壁面という利便性を改めて感じ入る。勿論スケールと空間の仕立て、材質などに依るけれども、但し壁面だけに拘ると展開したこと自体が矮小化し、相互照応の力が失せる(意匠的な把握によって閉じる)可能性もあり、現代的な生活空間と、日常的ではない空間の両極を想定し、高さ(垂直)や広がり(水平)に対する機能弾力を更に […]
時任物譚

時任物譚

 家外の石油タンクがすっかり雪に埋もれてしまったので、絶えず生き急いでいる母親が招集した家族会議の帰り、車のガソリン補給、塩カル鉄粉落とし洗車の際に灯油を購入し、折角綺麗になった車を汚して山に戻り、零下の仕事部屋から逃れリビングで広げ続けた制作のひとまずの片付けをしつつ、二十日に渡った制作の流れをよそ者の目で眺めてみる。
多契隣窓

多契隣窓

 「多様契約と窓」の制作をはじめる。  一寸先がみえないという創作の醍醐味を抱きよせて、静止画像の前に併置するつもりのオブジェクトの試作は、ここ数ヶ月の大股の歩みを近視眼的に検証するような手付きとなった。マケットやらジオラマのようでもあり、彫刻性と絵画性と建築性を呼び込むような自在な戯れを許して、静止画像(窓)を更に切り詰めて選ぶことになる。  採集物への注視をそのまま形にする極めて単純明快なスケ […]
外与枝形

外与枝形

 二年前に得た環境からの率直として欅の幹薪を短冊に仕立てる素材の解釈をはじめていた。朽ちた流木や落枝の並列と併行して、しなやかな細枝を家の入口に集め置き、剪定など与えてから、やや太い幹の断ち切った幹枝を併置する方法を考えて、生活の場所から離れ空間を意識することをおこなった。すると三十年前の手付きやビジョンに戻ったような心地である種の反復を再び繰り返していた。枝の形というものの、自明な自然(じねん) […]
枝切置

枝切置

 再びまた凝りもせずに自然に散乱している奔放な樹木の破片を場所につなぎ止め(=仮設する)たいとした、この季節の底辺には、「耳なし芳一」から「安寿と厨子王」へ辿ってみつめ続け変位した自らの生存環境の思索という流れがあり、同時に、この系へ注ぐようだった稚拙な言語化の反復で気づいた「身の丈」という表出のレヴェルを、実直なみえるかたちで探索する静止画像の撮影がこれを支えるようだった。  俯瞰した構造を再現 […]