歩きすぎたというより、日々の怠惰な生活で身体が鈍っていた。新幹線では4時間弱熟睡したが、東京駅で目覚めると足が熱を帯び痺れていた。
松山市内を徒歩で巡り、地元の人から薦められた港に日を跨いで通うと、最初は気づかなかった路地が広がっている。松山城への上りはリフトを使ったが、二之丸史跡庭園へと歩いて降りる時折、膝から力が抜けた。愛媛県立美術館では、ロッソ(1858-1928)の蜜蝋に出会えるとは思っていなかったが、あまり良い出来の作品ではなく残念。杉浦非水(1876‐1965)の植物図案が異彩を放っていた。畦地梅太郎(1902~1999)という版画作家の回顧展が企画されており、一人の人間の一生をゆっくり観る。
路面電車が錯綜する松山の市内交通網は、ノスタルジックというよりアムステルダムのように未来的な機知を感じる。
倉敷に着くと雨が降り出し、慌てて地元の夕刊で天気予報を調べると翌日は雨はあがるとあり、幾分落ち着き、この時すでにじんわり痛み始めていた足を解しつつ何も考えず寝入る。翌朝は朝食を7時に摂り、7時半にはチェックアウトし、雨上がりの濡れた倉敷の街を経巡りはじめる。岡山から倉敷までの山陽本線の車窓から、幾筋も宅地の中に伸びる水路が目に入っていた。大原美術館に十代の頃憧れた青木繁があると憶いだして観る。若い旅人らしい女性が一人で観覧しており、その密やかな歩みを自然と追っていた。収穫は国吉康雄、松本竣介。今見ても作品に力がある。マイヨールのトルソとイブ・クラインのトルソの顔料に目が止まったのは歳のせいか。久しぶりに見た藤田嗣治は、やはりベースの罅割れがメソッドの不足を露呈しており、同時代の堅牢なうす塗りを重層化させる他の作家に劣る。アウトフォーカスに仕上げられている絵ばかりを探す。
撮影の、対峙する空間の弁えを、今回の歩みの中でひとつ知り、そのせいでシャッターがなかなか簡単には押しにくくなり、無邪気が許せない不自由さは旅先ではどうもよろしくないが、この弁えは自身の辿り着いた体感であり、これを無視することはできなかった。俯瞰でも近視眼でもない、目の前というこの空間への対処として、露出を解放気味とするようにしたが、現像ではできるかぎり光量を落とすことにした。
今回仕事では広角と中望遠も使用したが、半年ほど標準ばかり覗いていたせいで、このレンズ差異の認識が感覚的に溢れたということが、言いようのない空間の前に立つという弁えを導いたようだ。望遠でも、広角でも、この空間は見えてこない。検証するためにも標準単焦点を幾つか揃え、レンズ性能の比較をする必要がある。
旅先でシャッターを押すという行為は、初めて目にする場所を記録することではないということを、今回あらためて実感する。
土産を悩む時間が全くなく、結果、愛媛県立美術館で畦地梅太郎の山男シリーズ絵はがき10枚セット、大原美術館で小さなモネのマグネット、羽のしおりx2、倉敷の駅で次女と約束した桃太郎キューピーx2のみ。
redacted / Brian De Palma(1940~)(?)
in to the wild / Sean Justin Penn(1960~)
都市は情報と同様、更新を繰り返すことで過ぎ去った過去に上書きされ、常に新しい表象を示すように構築されており、それに感覚が慣れると、次々と開発される携帯などの新製品へ無理矢理物欲を促されるような酷い疲弊感がつきまとう。過去が恣意にしろ、そうでないにしろ残され、様々な時間が併置されている空間を歩むと、その疲弊が時間のボリュームと共に生きてきているという実感の喪失であることを知る。
新しさは、故にこれまでという時間の横に、自らの未成熟を自制しつつ置かれるべきであり、まるきり入れ替わる力は本来的に持っていないと立場を弁えて然るべきだ。
時間の推移、時空の推移が端的に現れる見知らぬ街角に立つと、善し悪しや美的趣味的な景観といった視点ではなく、現在に押し寄せる場所の時代性というものに、多く気づかされる。同じような視線は生きたまま手元に戻り、傷つきつつ修復を繰り返し生き残る「もの」たちへと向かい、それが道具であっても、美術品であっても、インフラであっても、鈍い光の中にいかにも人間的な佇みを醸しだす。
地方都市にみられる過疎化を体感する歩みの中で、ー高度成長期に大量に都市へ集中した「核家族化」は、血縁家族の瓦解を促し、解体した家族を再生することは構造的に不可能であり、血縁を軸とするのではなく、生をシェアする異族による異種共同体構想という手法しか残っていないかもしれないー、などと考えていた。
Vrioon(2003) / Alva Noto : CD (amazon)
Insen(2005) / Ryuichi Sakamoto : CD(amazon)
裸々虫記(1986) / 古井由吉(1937~)(amazon)
99999 / David Benioff(1970~) (amazon) / 紛失(?)の為再購入
Planar T*50mm F1.4 ZE(2/20発売)
・焦点距離:50mm
・絞り値:f/1.4~f/16
・最短撮影距離:0.45m
・画角(対角/水平):45.4度/38.4度
・レンズ構成:6群7枚
・フィルター径:58mm
・重量:350g
・全長:47.2mm(マウントより)
・マウント:ZE(キヤノンEOS)