1.4/35 L_M

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サスケと呼んでいる近道の一部で二十日間ほどの工事がはじまり再び大池脇を下り上る。

午後から夕暮れの熟れた光の膨張は白く飛びなかなか厄介だと朝靄からの初く淡い光ばかり追っていた目にはレンズを向ける前に諦めのようなものが降る。光源太陽が天に昇る前までの光と大気との安定までを良しとしてだが意固地な美徳と決めて他を許さず大気自体が揺らめきを孕んでいく暮れるまでの発酵の時間を逃すのは子供じみている。GWに訪れた丑山がみせてくれたf2.8 70-200mmのずっしりとした望遠がなかなかよさそうなので固定して絞り上げるかと良くも悪くもない使用頻度の低いレンズを下取りに出すことを考える。

一度ならず二度か三度湯槽の檜蓋の上に放り投げ濡れて変形したものに手を伸ばし関係の典型を繰り返すばかりの拙い描写を辿りはじめたのは、その拙さ自体が午後の陽射しに似た巷の膿みのような広がりを不思議と無防備に広げるからで、意識も朦朧と湯の温度に同化しつらつら眠くなることが、そうした惚けた流れに身を晒すことが、刻印の兆しが言葉の背後に刻みつけられる先鋭ばかりを追うより時にはよい。