そういうことじゃねえな。プロダクトの制作に不満があって、土壷の中もう少し踏ん張ってからにしようと思ったが、曖昧な不満の正体を車窓の向こうに探そうかと列車に飛び乗り、雨に濡れた平野からトンネルを越えると軽井沢は指の先が消えるような深い霧に覆われている。上田あたりから少し空が見え若い緑が際立つ。夕刻の長野に降り立つとタイムスリップしたような冷気があった。次第に雨は強くなった。翌日の早朝戸隠の叔父の訃報がいきなり届いて、家族を連れて車を走らせ、魂の失せた亡骸を皆で囲んで立ち尽くすように泣いてから、駆けつける人々と終日通夜の準備などを手伝う。昨日までの気象があっさりと反転したような快晴の高地には、突風のつむじ風もあり、おそらく一年でピークと思われる季節の色が目に柔らかく染みた。こういう季節に向かってキャンバスに色を乗せる人間を叔父は腹の中で笑っていたに違いないと思った。逝く日を選んだと残された近親は囁きあった。駆けつける近隣の方々も昼過ぎからは茶を呑んで翌日以降の段取りの話を、でもまだあえて速度を落とすようにはじめた。会話を挟めば幾度も泣く娘と、背広の息子も、せわしく働き回り、腕や腰についた埃を払うこともせず、時々庭でぼんやり立ち尽くしている。虫の知らせがあったねと幾度もいわれたが、どれが知らせだったかと、符号を探す馬鹿な考えを巡らせた。女性が手を集めて支度した昼の椀盛り蕎麦を三杯おかわりをしたが味がわからなかった。真昼に独りで村を歩いていた。魂の去った亡骸は植物のようだと思った。診療所の看護士の女性の納棺師の手付きを人々は黙って離れて見守り、早朝に駆けつけて看取った一番下の叔父が、きれいな足だと呟いた。

 母親のふたつ下の叔父は、家督を相続して田畑を守り、家を出た学者教授の下のふたりの叔父たちと違って、こちらは幼少から近しい距離にいたせいで、真横にあいた「もうひとつの世界」の案内人のような存在で、冬山のゲレンデのリフト券を調達して貰い、牧場の解体した綿羊の臭い立つ肉を喰わせていただき、牛の頭を地中に埋めて頭骨をつくってもらった。寡黙で頑強な叔父と幾度も酒を酌み交わし、従兄弟の息子とも、ある種、高地の大気の性質が決定したような硬質な距離の人間の関係が頗る誇らしいと幾度も思ったものだ。今思えば、余程未来の正しい人間の生き方を率先した人生といえる。残された犬のメリーも、最近は目がよく見えないらしいと聞き、近寄って撫でると状況はわかっている。知っているという顔をする。