1926年に完成した設計図から完成迄2年を、数ミリ数センチの設計変更を繰り返す細部の仕上げに要したストーンボロー邸建築関与と、同時期イタリアの捕虜収容所で知り合った彫刻家ミヒャエル・ドロービルによって少女の胸像を製作するなどして、ヴィトゲンシュタインは、精神を恢復したといわれる。ほぼ百年前のことだ。62歳で癌で亡くなっている。論考ー彼の思想的な変転よりも、自己恢復の契機となった姉マルガレーテの「外装がほとんどない上にカーペットやカーテンすら一切使用しないという、極端に簡潔ながら均整のとれた」建築空間構築への意思決定が、私は以前より頭にずっと残り続けている。
 
 そもそも私自身のスライド気質(フォーマットを移動する)自体が、自己恢復の手法であると気づいて、都度異なった折衝手法を、草刈りのような日常のレベルで行うことが、健やかな持続を促している。つまりそこには、料理をこしらえる。珈琲を淹れる。釘を打つ。投げる。拾う。置く。といったさまざまな行為を平たくして、その延長線上で行われることとして、何気なさに沈み込むような落着きと放心が宿るものとなる。