朝早く窓を開けると、雨のせいか、列車や飛行機から降りた時のように、思いがけないほど辺りの大気の温度が下がっていて、歩くと目眩のした昨日の暑さの日を夢のように感じた。この変化をカラダで予知した次女は、本屋で突然嘔吐を訴え、隣のスーパーで軽くもどした。最近はとにかく異様な気象だと畳を引っくり返す妄想を傍に転がすことが増えた。不安というのではないし、怖れというのでもない。
態度は立場に陥ると途端に外への開放系を閉じてしまうものだとビルを見上げ、30Fに居住する態度と立場の違いを考えていた。陥る罠がどこかに潜んでいるわけではない。面白いもので、態度を意識すると立場の強要になりがちということ。目の前の出来事へのできるかぎり正当な反射能力の訓練は、死ぬまで必要ということだ。
喉元で繰り返す呟きを、ヘッドフォンの音響の果てで反芻し、休日だからと寝転んだベットで、古井の「夜の髭」から「一滴の水」へと再々度繰り返した。読み終えて、古井文学作品の到達点を噛みしめた。
ー遠くへ聞き耳を立てると、遠くもこちらへ、聞き耳を立てられているような気がするものだ、と言った。 ー 古井由吉「野川/夜の髭より抜粋」