小雨の中歩いて、新潮社の手前にある本屋にぶらりとはいったら、「いま、小津安ニ郎」という、ちと恥ずかしいタイトルの本が、棚にあったので手にしていた。帯には「生誕百年記念出版 静謐な贅沢さが我々を幸せにしてくれる」と大きく印刷されていて、ちょっと違う気分がふくれた。(2003年5月10日 小学館 発行) 小津のカットは、其所にありながら彼方へ連れていってくれる種類に属する。¥1600と価格が本体自体の大きさ、厚さ等とずれていささか値段が高い印象があったが、今回のDVD版の作品すべての説明が掲載されていたので、購入してしまった。学生の頃、どこで知ったか忘れたが、八王子から上野松坂屋の裏まで出かけて確かに舌鼓を打った記憶のある、「秋刀魚の味」撮影に出前につかい、小津自身足繁く通ったというカツ丼の「蓬莱屋」が載っていて懐かしかった。作品の説明を眺めて、観ていない作品が多いことに気づいた。80年代の中頃だったか、京橋のフィルムセンターの火事に出くわして、近くで展示を行っていた、当時師匠の菅木志雄氏の作品を火事から避難させた時だったような気がするが、違うかもしれない。多分あの火災で小津作品のいくつかは失われた筈。菅氏の奥さんである富岡多恵子氏とも同席して、近くでコーヒーなんぞ飲んで、そんな話をした覚えがある。
何度か写真プリントなどお願いしている小野君からメールがあり、彼自身の新しいプリントを送ってくれたとのこと。こちらは、彼からメールで、自分の計画である「水の机」に戻り、青山真治、タルコフスキーから小津までの流れは、物語ではなくて、ひとつのスタティックなスチール、フィルムの構築手法を眺めていたんだと自覚し直した。小津の作品のスチールのレンズの状態をあれこれ当てはめて考えて、再び眺める。