(下)朝早くから続きを捲り、先ほど読了。言葉の運び込むあまりに膨大なボリュームに暫く放心する。
特異で固有な人間の織りなす出来事のようで、実は、時代に穿った普遍が底辺に流れるのは、「あの時」という社会のどうしようもなさがまずあって、そこへ関係せざるを得ない系譜・文脈があり、そうした中での彼らの決断・決心のリリティーが、創作ではなく、実直に告白されているからのように思える。そして更に関心させられるのは、人間の躓きも成功も事件も祝福も差別無い豊かな営みとして誇り高くこちらに届くことだ。実は深沢七郎の「楢山節考」のような創作であったとしても、構造が与える錯綜の流れ自体が抑制され、節々での人間の決断が左右異なったものであっても、現在へ流れ込む生の構造が残っていれば、同じように響く気がする。昨今の浅薄不感症なギミックに彩られた起承転結という物語に辟易している者にとっては、こうした手法は唐突でダイナミックな世界を直に眺めている気分が高揚する。
作品が示すままの手法であるならば、それを抱き込む資質自体を本物の作家といっていい。
最後のダメだしエピソードに関しては、後日談の追加、あるいはタロちゃんの告白の物語というものの続編の予感を優先すると、作品が開かれたものと再認識できる。
さてと、続明暗を捲りはじめることにした。明暗-wiki
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