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東側の山麓から南側へ回りそのまま裾花川の谷へ向かって下ってから上っていくと柵村という集落があった。2005年に長野市に合併されて現在の戸隠栃原・戸隠祖山にあたる。鬼女紅葉の伝説を示す看板や社を通り過ぎると安定した広がりに出る。そこが廃校になった柵小学校であり現在の戸隠地質化石館となっている。谷を下る途中の折橋という場所は祖母の生まれた集落でその上に位置する豊岡の祖父が攫ってきたらしい。祖母はそれを喜んだと聞いている。

子供の頃など好奇心と知覚が其処へ向かう契機がなかったと記憶しているが、五歳迄過ごした小川村の谷や山を幼い軀のどこかに刻んでいるので、懐かしい胸騒ぎがどこからか染み出してくるのだろう、夥しい数の石や化石や骨や剥製が累々と並ぶ「小学校」でもある博物館それ自体に含まれる体感が、こちらの記憶の欠損を補うようにして、何かしら思ってもみなかった展望へ促すような情景となって、白く丸い茫漠とした彼方に具体的なシルエットを与える予感がうまれる。

全て意味があるんですねと繰り返し丁寧に説明してくれた学芸員の田辺氏ばかりに一度目の訪問では注視が向くばかりだったが、一週間後の再訪で共に働く人々の表情が眩しくこちらに入ってきたのだった。同行した皆が帰り道の車内でこの場所で働く自身を妄想したらしかった。