母親が衝動買いしたホンコンカポックをリビングに置くと森の中の部屋であるにも関わらず頗る気持ちの良い空間となり成程これは下の市街地が自然に囲まれているからと緑を放棄した状況と同じだと得心。修復工事で週末迄家を留守にした母親を一晩だけ戻した帰り道にこちらが素人の手付きで安物のパキラをふいに買い物籠に入れていた。

裏サスケの登り出口付近の細い道を広葉樹が根ごと倒木道を塞ぎ車では通過が無理なので別の道を引き返してから数時間後再度みにいきそのままの状態をなぜかよろこばしく感じていた。次女がパパが血が抜けて萎んで5gになって死んじゃった夢をみたよと言われ、丁度こちらの浅い転寝で親族がみたこともない仏壇の前に集まりそれは違うと日々のお勤めの絶えたような手間の消えた状態をうすら寒く指摘される夢に目覚めた後だったので、おそらく母親を山に連日連れて来てことあるごとに仏壇から離れている自分を咎める母親の呟きを聴いていたからだろうと符号にまとめたが、晩夏の陽射しの衰えと朝夕の冷え込みもどこか何かを戒めるようであったかもしれない。

土、筆、草叢、布、鉛筆、布、野菜等等、触れず離れれば肉体での実感は簡単に喪失する。日々の感触手触りの中で喪失を思うのは奇妙なことだが少し前までは喪失していることに気づいてさえいなかった。標高千メートルの環境で夏を終えようやく一年を過ごし観光の体感はなくなり此処を肉体の全ての根拠とする清明が思念に根を張ったようだ。