photo by Ken Kobayashi

目のつながりを示す睦月葬式に愚息はカメラで走り回ることを戒めたが従兄弟の研が260枚を遺してくれた。先頃叔父の山小屋を競売にて売却する件で長野に来た際にロムを持ってきてくれたがこのところ多忙を極めていたので中身を確かめる時間がなかったが実家の改装で台所を使えない母親を高原に連れ寄せそういえばと指摘されたので朝飯の後ふたりでスライドショーを眺めると母親はやはり嗚咽に咽びでも当初の刺のようなものは時間を置いて丸く穏やかなものになった。

あまりに克明な喪失の記録は馴染むことを拒否するような痛々しさが当事者にはあり、深刻なほどではないが思考を停止させるようなところがある。昨年一足先に逝った叔父の時は血の距離のようなものが手伝って記録を冊子にまとめたけれども実父のものを「まとめる」気にはなれないでいた。従兄弟のいわば叔父の時のこちらの距離の目を半年を経てあぁ睦月という「目をむすぶ」時節だったかと振り返りその距離の気楽のようなものに触れたことで、盆明けにはまとめてみようという気持ちになった。

photo by Ken Kobayashi

世界の現れに言及する切迫で生きてきたようなものだと自身のこれまでをひとつ諦めて、防御態を解きむしろ心細さを剛力にかえたいと思うようになり、仕立てや誂えや嗜好も日々心細くなることを逆説的に楽観する心地にも慣れたか知らないが、肉体の例えば視力の衰えのようなことに比例する実直さも生活は勿論思考自体に必要だと感じるようになった。指をパチンと鳴らして充足と購いが済むというわけにはいかないだろうが、息子の家に来てシンクや便所の掃除をはじめる老齢の母親の30年も前の子供染みた学生風情の出鱈目に汚れたアパートを片付けるまだ若い後ろ姿が時を折り畳むように重なり、今度はもっと旨いものをこしらえてあげようと思うのだった。