ハルボウと友だちの桃ちゃんを起こさずに市街に下り、頼まれていた寿司を受け取って新盆に両親を連れて戸隠へ行き寿司折りを平らげてから、西宮の叔父家族を新居を紹介して、霊仙寺湖で遊んだ娘らを研のレガシーでピックアップしこちらはチャリを荷台に入れて連れ戻る。ふたりで二時間ほど飯綱東高原を彷徨ったらしい。いかにも夏休み。両親をを送り返す下りの途中で飯綱山に登って降りたと丑山から電話があった。戸隠山に登るつもりが飯綱だったとは笑った。

前日早朝4時半に、伯父の魂の迎盆に父親と混み合う前の浅川霊園へ走り、まだ寝ていた伯母を起こして霊前に届けた。夜には次女の友だちを駅にて迎える。往復の度に荷を積み降ろしを繰り返し、深夜まで片付けを続ける。走っている実感が無いが車のガソリンが酷く減る。数えれば三日ほどで往復30キロを十回ほど繰り返している。

いっそ一気に実家の残りを運び込みたいが、スペースを計測した棚などの用意を先行しなければ片付かないし、時節行事もあり子守りもあり父親の検査もあり遅延を成り行きに任せるしかない。片付けもケーブルいっぽんいっぽんを選り分けるような愚鈍進捗を好むようなものになる。

十日の断食で8キロ落としたという研に続いて、歩く事が嬉しくてたまらないと呟く丑山の、共にフィジカルな知を行動に結ぶ直観のようなものが、こちらの最近の傾倒に重なる。マニアックな蕎麦店よりも、わかりやすい観光的な場所がよかろうと、皆で夕飯はバードラインの戸隠そば博物館 とんくるりんにて摂る。丑山と別れ、娘らを夕方になってようやく混雑が収まった中社へ行き五十円放り投げて拍を打つ。
戻ってからカウチですっと眠り込み、気づけばおなかが空いたと娘らがおっしゃるので、残っていたご飯でカレー炒飯をつくる。